第五十四話 王太女即位式と、玉座の足台
マリア王太女の即位式は、翌年の春に行われた。
国王陛下が病を理由に譲位し、彼女は女王となる。
王都は華やかだった。
だが、以前の王宮とは少し違う。
大広間の暖炉は無理に燃やされず、魔導灯は適切な明るさに調整され、使用人の休憩室には温かい湯が用意されている。避難路の表示は少し不格好だが、ちゃんと見える場所にある。
王宮は、見栄だけの家ではなくなり始めていた。
即位式の準備で、わたしは王宮へ呼ばれた。
玉座周辺の精霊確認が必要だったのだ。
久しぶりに大広間へ入ると、胸が少しだけ痛んだ。
婚約破棄された場所。
でも今は、別の記憶も重なっている。
審問で証言した場所。
家事魔法を恥じないと言った場所。
王令が読み上げられた場所。
そして今日は、新しい女王を迎える場所。
玉座の足台の精霊が、わたしを見て小さく手を振った。
あの夜、王太子殿下の背後で向きを変えていた足台の子だ。
「お久しぶりです」
わたしは礼をした。
足台の子は、少し誇らしげだった。
今日はマリア様を支える。
そう言っている。
「緊張していますか」
足台の子は頷いた。
玉座は国の象徴だ。
そこに座る人を支える足台にも、大きな役目がある。
「無理に立派に見せようとしなくて大丈夫です。足元を安定させることが、一番大事です」
足台の子は真剣に頷いた。
即位式には、グレン、ルカ、セリナ様、クレメント、ロイド副長も参列した。
ルカは王宮の広さに圧倒されていた。
「ここ、家?」
「家であり、仕事場であり、国の象徴です」
「大変」
「大変ですね」
即位式が始まる。
マリア王太女は、王冠を受け取り、玉座へ向かった。
足台の子が、しっかり支える。
彼女は玉座に座る前に、ほんの一瞬、足台へ視線を落とした。
そして、小さく言った。
「支えてくれて、ありがとう」
足台の子が、感激で震えた。
女王は、見えないものに礼を言う王になった。
その事実だけで、王宮の空気が変わる。
即位後、マリア女王は最初の勅令として、公共家守管理令の本格施行を宣言した。
王国全土の公共施設に、段階的に家守点検を導入する。
家守職の養成所を灯りの家から各地方へ広げる。
精霊契約具の調査と廃棄を進める。
そして、暮らしを支える仕事への不当な無償労働を禁じる。
大広間に拍手が響いた。
わたしは、グレンの隣で聞いていた。
かつて、わたしが捨てられた場所で、わたしの仕事が国の制度として認められている。
涙が出そうだった。
グレンがそっと手を握った。
「泣いていい」
「式の最中です」
「火守りも泣いている」
袖の中で、火守りが確かに涙目だった。
わたしは小さく笑った。
即位式の後、セドリック殿下が声をかけてきた。
今は王弟として、管理局改革の補佐をしている。
「ミリア」
「殿下」
「姉上は、よい王になるだろう」
「はい」
「私は、よい補佐になれるか分からないが」
「眠れているなら、以前より良い判断ができます」
彼は苦笑した。
「あなたは最後まで寝台の話をする」
「大事ですから」
「ああ。今は分かる」
彼は大広間を見た。
「この場所で、私はあなたを傷つけた」
わたしは何も言わなかった。
「今日、この場所で、あなたの仕事が認められた。それを見られてよかった」
「ありがとうございます」
短い会話だった。
でも、過去の一部が静かに閉じた気がした。
王宮の大扉を出るとき、扉の精霊がわたしを見送った。
以前とは違う。
閉じ込める扉でも、追い出す扉でもない。
行って、また必要なときに来てください。
そういう扉だった。
わたしは礼をし、北境へ帰る馬車に乗った。




