第五十二話 王立孤児院の冷たい廊下
家守制度の次の試験施設は、王立孤児院だった。
王都の外れにある古い建物で、戦争や魔獣被害で家族を失った子どもたちが暮らしている。灯りの家で見習い講習を受けたクレメントが事前調査を行い、報告書を送ってきた。
廊下が冷たい。
寝台の眠りが浅い。
食堂の椅子が足りない。
子どもたちが夜中に台所へ食べ物を探しに行く。
そして、建物全体が「数を数えること」を怖がっている。
最後の所見が気になった。
わたしはグレン、セリナ様、クレメント、ルカと共に孤児院へ向かった。
ルカは、自分から同行を希望した。
「孤児院、俺みたいな子いる?」
「いると思います」
「じゃあ、行きたい」
彼はもう、助け方を学び始めている。
孤児院は、外から見ると清潔だった。
白く塗られた壁、整った庭、規則正しい窓。だが玄関に入ると、廊下の冷たさが足元から上がってきた。
院長は真面目そうな女性だった。
「物資は不足していないはずです。王家からの支援もあります。ただ、子どもたちが落ち着かず、夜に泣く子が多くて」
食堂へ行くと、理由の一つが分かった。
椅子が整いすぎている。
全て同じ形、同じ間隔、同じ向き。
効率は良いが、子どもたちが安心して座る場所ではない。
さらに、壁に大きな表が貼られていた。
食事量、睡眠時間、学習点、行儀点。
子どもたち一人一人に点数がついている。
建物が「数を数えること」を怖がっている理由が分かった。
「管理のためです」
院長は説明した。
「人数が多いので、記録しなければ食事も睡眠も把握できません」
「記録は必要です」
わたしは表を見た。
「でも、この表は子どもを安心させていません」
ルカが小さく言った。
「点、こわい」
彼自身、避難民名簿に載ることすら不安だった。数字で管理されることが、食事を奪われることや、どこかへ送られることと結びついている子もいるだろう。
クレメントは真剣な顔でメモを取る。
「記録の可視範囲が不適切。内部管理用と児童掲示用を分ける必要あり」
「その通りです」
寝室では、寝台の精霊たちが疲れていた。
子どもたちの悪夢を受け止め続けている。だが、昼間は整然と並べられ、個別の安心がない。ぬいぐるみや小物の持ち込みも禁止されていた。
「不衛生を防ぐためです」
院長は言った。
「分かります。でも、全て禁止にすると、子どもが自分の場所だと思えません。洗える小物、個人用の布、名前札など、管理できる範囲で許可しましょう」
セリナ様が子どもたちの手を見ていた。
「爪が噛まれています。緊張が強いのかもしれません」
彼女はもう、光を当てるだけではない。
体の小さなサインを見る医療者になっていた。
台所では、夜中に子どもが食べ物を探しに来る理由が分かった。
夕食の量は足りている。
だが、食堂で緊張して食べきれない子が多い。残すと行儀点が下がるため、無理に食べるか、食べられずに夜中に空腹になる。
「食べられる分だけ食べてください、という方式に変えましょう」
わたしは言った。
「残したら叱るのではなく、理由を見ます。緊張、体調、好き嫌い、量の問題。全部同じではありません」
院長は疲れた顔で椅子に座った。
「私は、子どもたちを守りたいだけなのです」
「分かります」
「でも、人数が多くて、事故が怖くて、規則を増やすしかなくて」
「規則は必要です。ただ、規則が家を冷たくしているなら、見直せます」
孤児院の廊下の精霊が、壁の陰からこちらを見ていた。
冷たい廊下。
子どもたちが走らないよう、笑いすぎないよう、夜に出歩かないよう、ずっと見張る役目を押しつけられていた。
「廊下は、見張るだけではありません」
わたしは廊下に手を置いた。
「部屋と部屋をつなぐ場所です。怖い場所ではなく、誰かのところへ行ける場所になりましょう」
廊下の精霊が震えた。
改善は一日では終わらない。
けれど、その日から孤児院では、食堂の席を少し変え、点数表を外し、個人用の小さな布を配り、夜に不安な子が来られる「温かい椅子」を廊下の端に置くことになった。
ルカは子どもたちに焼き菓子を配った。
「食べると、ちょっと大丈夫」
その言葉は、ここでも効いた。
帰り際、院長が深く頭を下げた。
「家守管理とは、建物を見ることだと思っていました。でも、暮らしを見ることなのですね」
「はい。建物と人は、分けられません」
孤児院の玄関が、少しだけ温かくなった。
王国の家守制度は、こうして少しずつ広がっていった。




