第五十話 新婚初夜は、寝台会議から始まりました
結婚式の夜、わたしたちは寝台に叱られた。
正確には、新居として整えられたノルデン家の夫婦寝室で、寝台の精霊が腕を組んで待っていた。
王宮から来た寝台の子、砦の兵舎代表、ノルデン屋敷の客間寝台、そして新しく整えられた夫婦寝台の精霊。
全員、真剣な顔をしている。
「これは」
グレン様が言葉を失う。
「寝台会議ですね」
「今夜か」
「今夜のようです」
新婚初夜という言葉を意識した瞬間、顔が熱くなる。
だが寝台たちは、そんな甘い空気を許してくれなかった。
議題は、夫婦寝室の運用規則。
一つ。仕事の書類を寝台に持ち込まない。
二つ。喧嘩をしたまま眠ろうとしない。
三つ。夜更かしは週二回まで。
四つ。どちらかが疲れているときは、相手が休養を促す。
五つ。寝台へ礼を言う。
六つ。寝具の手入れは定期的に行う。
七つ。無理をしない。
最後の項目を伝えたとき、グレン様は少し咳をした。
「無理とは、どの範囲だ」
寝台の精霊たちが一斉にこちらを見た。
わたしは視線をそらす。
「……全般です」
「そうか」
グレン様の耳が赤い。
わたしの顔もたぶん赤い。
寝台たちは満足そうに頷いた。
結局、初夜の最初の仕事は、寝台運用規則への署名になった。
クレメントがいたら完璧な書式を作りそうだが、さすがに呼ばなかった。わたしが簡単な記録を作り、グレン様と二人で署名する。
「結婚した実感が、書類で来るとは思わなかった」
グレン様が言う。
「わたしは少し予想していました」
「さすが家守だ」
寝台会議が終わると、精霊たちはようやく部屋を出ていった。
夫婦寝台の子だけが残る。
緊張しているようだった。
新しい寝台。
新しい夫婦。
これから長い年月、眠りを受け止める役目が始まる。
わたしは寝台に手を置いた。
「これからよろしくお願いします。無理なときは教えてください」
グレン様も続けた。
「私たちを、眠らせてくれ。こちらも手入れを怠らない」
寝台の子は、ほっとしたように微笑んだ。
その夜、わたしたちは多くを話した。
王宮のこと。
北境のこと。
エルダ村のこと。
古砦の家霊のこと。
これから作る巡回計画、家守見習いの育成、灯りの家の増築、王都出張の頻度。
新婚初夜に仕事の話ばかりするのはどうなのかと思ったが、わたしたちらしいとも思った。
ただ、最後にグレン様は仕事の話をやめた。
「ミリア」
「はい」
「今日は、妻として呼んでもいいだろうか」
胸が強く鳴った。
「はい」
「ミリア」
名前を呼ばれるだけで、こんなに温かい。
王宮で何度も呼ばれた名前なのに、まったく違うものに聞こえる。
「グレン様」
「様はいらない」
「では、グレン」
彼は少しだけ目を細めた。
「もう一度」
「グレン」
寝台の子が、毛布をそっと膨らませる。
部屋の暖炉が柔らかく燃え、窓の外では北境の星が光っていた。
眠れる夜がある。
隣に、共に帰る人がいる。
それは、わたしがかつて望んでいたものより、ずっと確かな幸せだった。




