第四十九話 おうち精霊たちの結婚式
結婚式の日、北境砦は朝からよく晴れていた。
春の光が雪解けの石畳に反射し、中庭には白と薄紫の花が飾られている。豪華な王都風の花ではない。北境で咲く小さな花と、エルダ村から持ち帰った枝、灯りの家で育てた鉢植えだ。
式の前に、わたしは食堂へ行った。
パン窯と竈が、朝から張り切っている。火守りたちは灰を整え、井戸の子は水を澄ませ、長椅子たちは来客を待っている。
「今日はよろしくお願いします」
わたしが礼をすると、精霊たちは一斉に胸を張った。
主役は人間だけではない。
この式は、家全体の式だ。
ドレスは、王都の流行とは違った。
白を基調にしながら、裾には火、鍵、麦穂、井戸、扉、小さな家の刺繍が入っている。セリナ様と王宮の刺繍係、北境の女性たちが一緒に仕上げてくれたものだ。
「とてもお似合いです」
セリナ様が涙ぐむ。
「ありがとうございます」
「煤がつかないように気をつけます」
「今日は煤担当ではありませんよ」
「でも、火守りさんたちが張り切っていますので」
確かに、火守りたちは興奮して火花を出しそうだった。
中庭へ出ると、人々が拍手した。
グレン様は黒い正装で待っていた。
いつもの無骨さは残っているが、今日は少し緊張している。
わたしを見ると、彼は一瞬言葉を失った。
「何か」
「……綺麗だ」
あまりにもまっすぐ言われ、顔が熱くなる。
ロイド副長が後ろで泣いている。
「副長、また煙ですか」
「今日は本当に煙です」
火守りが近くにいたので、半分本当かもしれない。
式は、王都の大聖堂式ではなく、家守式にした。
まず、二人が互いに誓う。
次に、家へ誓う。
最後に、家が二人を迎える。
グレン様は言った。
「私は、ミリアの仕事を尊重し、彼女の意思を確認し、共に休み、共に帰る場所を守ると誓う」
わたしは言った。
「わたしは、グレン様の背負うものを一人にせず、家と人と精霊の声を聞き、共に手順を作り、共に帰る場所を守ると誓います」
次に、二人で砦へ向かって礼をした。
「ノルデン砦。これからも、よろしくお願いします」
砦全体が、静かに震えた。
門が開き、食堂の暖炉が燃え、井戸の水が鳴り、寝台が毛布を膨らませ、倉庫の子が布の下から顔を出す。
家が、二人を迎える。
その瞬間、わたしは泣きそうになった。
王宮を出た夜、わたしには帰る場所がなかった。
今は、こんなにも多くの場所が、わたしを迎えてくれる。
式の後、食堂で宴が開かれた。
パン、スープ、焼き菓子、干し果物、北境の煮込み。王宮からはパン窯の祝いパンが届き、灯りの家からは旅人たちの寄せ書きが届いた。エルダ村の集会所からは、古い鐘の音を写した小さな鈴が贈られた。
セドリック殿下も出席していた。
彼はわたしたちへ礼をし、短く言った。
「おめでとう。眠れる夜を」
「ありがとうございます」
それで十分だった。
マリア王太女は、祝辞の最後にこう言った。
「この国は、王座だけで成り立つものではありません。火を守る者、水を運ぶ者、扉を開ける者、眠りを支える者、食事を作る者。暮らしを支えるすべての仕事に、正当な名と報酬と敬意を」
拍手が起きた。
食堂の長椅子たちも、誇らしげにきしむ。
夜、宴が終わった後、わたしとグレン様は中庭に出た。
門の上には星が広がっている。
「疲れたか」
「少し。でも、良い疲れです」
「寝台に叱られる前に休もう」
「はい」
彼はわたしの手を取った。
夫婦になった。
言葉にすると不思議だ。
けれど、手の温かさはいつもと同じで、それが嬉しかった。
「ミリア」
「はい」
「これからも、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
門の子が、からんと祝福の音を鳴らした。
おうち精霊たちの結婚式は、温かい火と、眠れる夜と、焼きたてのパンの匂いに包まれて終わった。




