第四十八話 結婚式の準備は、家全体の仕事です
結婚式は、北境砦と灯りの家の二か所で行うことになった。
正式な貴族婚としては王都で大聖堂を使うべきだという意見もあったが、わたしとグレン様はそれを断った。
「大聖堂は、わたしたちの家ではありません」
わたしが言うと、マリア王太女は笑って許可してくれた。
「では、王家からは灯りの家へ祝福を送ります。家守代表の結婚式ですから、家が主役でよいでしょう」
準備は大変だった。
食堂の飾り付け、来客の宿泊、厨房の献立、暖炉の火力、井戸の水量、寝台の割り振り、門の開閉、灯りの家への移動手順。
おうち精霊組合は、結婚式準備委員会に変わった。
「まず、食堂の収容人数」
クレメントが黒板に書く。
「兵士、村人、王都客、神殿医療院、王宮管理局、家守見習い。合計で二百四十名程度」
ロイド副長が腕を組む。
「食堂に入りきるか」
「二部制にします。式は中庭、食事は時間差」
わたしが提案する。
「長椅子の負担を考慮してください」
長椅子の精霊たちが真剣に頷く。
寝台の割り振りでは、ルカが活躍した。
「ミナたちは二階の奥。小さい子は暖炉に近い部屋。王都の人は寒さに弱いから、窓の隙間ない部屋」
「よく見ていますね」
「寝台の子が言ってる」
見習いとして成長している。
セリナ様は医療班兼火守り補助として参加した。
「結婚式で煤まみれになる聖女は、わたくしだけかもしれません」
「もう聖女様というより、医療院のセリナさんですね」
「それが嬉しいです」
彼女は本当に変わった。
白いドレスの聖女だった頃より、ずっとよく笑う。
セドリック殿下からは、祝いの品として寝具一式が届いた。
添え状には、こうあった。
眠れる夜が、二人にありますように。
王弟セドリック。
短いが、良い言葉だった。
寝台の精霊たちも満足そうだった。
問題は、わたしの実家ハーシェル伯爵家だった。
婚約破棄後、実家は王家の意向を探るため様子見をしていた。わたしが北境で評価され、家守代表となり、辺境伯と婚約したことで、急に連絡が増えた。
父は、王都で盛大な披露宴を行うべきだと言った。
母は、ドレスを王都の流行に合わせるべきだと言った。
兄は、ノルデン家との縁を利用して家の事業を広げたいと言った。
わたしは全て丁寧に断った。
実家を憎んでいるわけではない。
けれど、わたしの仕事を理解する前に利益を見ている相手に、結婚式の中心を任せる気にはなれなかった。
グレン様は、わたしの返事を読んで言った。
「つらくはないか」
「少し」
「手伝うことは」
「一緒にいてください」
言ってから、少し驚いた。
以前なら、こんなことは言えなかった。
グレン様は静かに頷いた。
「いる」
短い返事。
でも、それで十分だった。
結婚式前夜、食堂では最後の準備が行われていた。
パン窯は明日のパンの発酵具合を確認し、竈はスープ鍋を磨き、火守りは灰を整え、井戸は水を清める。長椅子は座面を少し柔らかくし、門は開閉の練習をする。
家全体が、式を楽しみにしていた。
わたしは中庭に立ち、星を見上げた。
北境の星は、王都より近く見える。
グレン様が隣に来た。
「眠れないか」
「少し」
「私もだ」
「寝台に叱られますね」
「明日は許してもらおう」
わたしは笑った。
彼はわたしの手を取った。
指輪が星明かりを受けて、小さく光る。
「ミリア」
「はい」
「明日からも、仕事は多い」
「はい」
「問題も起きる」
「でしょうね」
「それでも、あなたとなら、直していけると思う」
胸が温かくなる。
「わたしもです」
中庭の隅で、門の子がからんと小さな音を立てた。
祝福の鐘の予行練習らしい。




