第四十七話 正式な求婚には、精霊の同意も必要です
古砦事件の処理が落ち着いた頃、グレン様が正式に求婚した。
場所は、ノルデン砦の食堂だった。
なぜ食堂なのかと聞くと、彼は真面目に答えた。
「あなたがこの砦で最初に温めた場所だから」
反則だと思う。
食堂には、ロイド副長、エルン、ルカ、バルト、主だった兵士たち、そしておうち精霊組合の代表たちが集まっていた。
多すぎる。
「これは公開行事ですか」
わたしが小声で聞くと、グレン様は少し困った顔をした。
「精霊の同意が必要だと言ったのは、あなたでは」
「確かに言いましたが」
「なら、関係者を集めた」
関係者。
食堂の暖炉、井戸、寝台、門、倉庫、長椅子、パン窯、竈、火守り、湯気の子、床板、窓。
確かに、全員関係者かもしれない。
ロイド副長がにやにやしている。
ルカは真剣な顔で木札を握っている。
セリナ様は医療院からわざわざ来て、灰色の手袋を胸の前で握っていた。
マリア王太女からは、祝辞ではなく「手順を守るように」と書かれた書状が届いた。
グレン様はわたしの前に立った。
いつもの軍服ではなく、正装に近い黒い上着を着ている。金の刺繍は控えめだが、よく似合っていた。
「ミリア・ハーシェル」
「はい」
「私は、あなたの仕事を尊敬している。あなたが守る家、あなたが聞く声、あなたが作る手順、その全てを尊重すると誓う」
食堂が静かになる。
「私は不器用で、守れなかったものを忘れられず、言葉も足りない。だが、あなたと共に家を守り、人を守り、帰る場所を作っていきたい」
彼は小さな箱を開けた。
中には指輪があった。
大きな宝石ではない。
銀の輪に、小さな火と鍵と麦穂の模様が刻まれている。
「私と、家族になってほしい」
胸がいっぱいになった。
王宮での婚約は、政略だった。
華やかな指輪も、王太子妃教育も、未来を決めるものとして与えられた。
でも、今差し出されている指輪は違う。
わたしの仕事も、怒りも、記録も、精霊たちも含めて、一緒に生きたいと言っている。
答えは、もう決まっていた。
「お受けします」
食堂の暖炉が、ぼんっと火を大きくした。
パン窯がパンを出しすぎた。
井戸の水が嬉しそうに揺れ、長椅子が一斉にきしみ、門が遠くでからんと鳴った。
人間側も歓声を上げる。
ロイド副長は涙ぐんでいた。
「副長、泣いていますか」
「煙が目に入っただけです」
「食堂で?」
エルンが突っ込み、笑いが広がる。
グレン様は指輪をわたしの指にはめた。
不思議なくらい、ぴったりだった。
「精霊の同意は?」
彼が少し不安そうに聞く。
わたしは周囲を見た。
精霊たちは、完全に浮かれている。
「賛成多数です」
「反対は」
「寝台の子が、結婚準備で無理をするなと言っています」
「それは同意の条件だな」
「はい」
ルカが前へ出た。
「ミリア、砦にずっといる?」
「仕事で王都へ行くことはあります。でも、帰ってきます」
「グレンも?」
グレン様が頷く。
「帰る」
ルカは安心したように笑った。
「じゃあ、いい」
子どもの承認も得た。
その夜、食堂では求婚祝いの宴が開かれた。
パン窯と砦の竈が張り切りすぎて、パンとスープが大量に出た。セリナ様は火守りたちと一緒に灰の管理をし、ロイド副長は長椅子に「重すぎないように座る」と宣言してまた笑われた。
グレン様はわたしの隣に座り、少しだけ落ち着かない顔をしていた。
「緊張しましたか」
「戦場より緊張した」
「そんなに」
「あなたに断られる可能性があった」
「断りません」
「今だから言える」
彼は真面目に言った。
わたしは少し笑い、指輪を見た。
火と鍵と麦穂。
温かさと、境目と、食べるもの。
わたしの好きなものばかりだ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
食堂の暖炉が、柔らかく燃えている。
わたしは思った。
ここが、わたしの帰る場所になる。
それは、政略ではなく、命令でもなく、自分で選んだ家だった。




