表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/68

第四十七話 正式な求婚には、精霊の同意も必要です




 古砦事件の処理が落ち着いた頃、グレン様が正式に求婚した。


 場所は、ノルデン砦の食堂だった。


 なぜ食堂なのかと聞くと、彼は真面目に答えた。


「あなたがこの砦で最初に温めた場所だから」


 反則だと思う。


 食堂には、ロイド副長、エルン、ルカ、バルト、主だった兵士たち、そしておうち精霊組合の代表たちが集まっていた。


 多すぎる。


「これは公開行事ですか」


 わたしが小声で聞くと、グレン様は少し困った顔をした。


「精霊の同意が必要だと言ったのは、あなたでは」


「確かに言いましたが」


「なら、関係者を集めた」


 関係者。


 食堂の暖炉、井戸、寝台、門、倉庫、長椅子、パン窯、竈、火守り、湯気の子、床板、窓。


 確かに、全員関係者かもしれない。


 ロイド副長がにやにやしている。


 ルカは真剣な顔で木札を握っている。


 セリナ様は医療院からわざわざ来て、灰色の手袋を胸の前で握っていた。


 マリア王太女からは、祝辞ではなく「手順を守るように」と書かれた書状が届いた。


 グレン様はわたしの前に立った。


 いつもの軍服ではなく、正装に近い黒い上着を着ている。金の刺繍は控えめだが、よく似合っていた。


「ミリア・ハーシェル」


「はい」


「私は、あなたの仕事を尊敬している。あなたが守る家、あなたが聞く声、あなたが作る手順、その全てを尊重すると誓う」


 食堂が静かになる。


「私は不器用で、守れなかったものを忘れられず、言葉も足りない。だが、あなたと共に家を守り、人を守り、帰る場所を作っていきたい」


 彼は小さな箱を開けた。


 中には指輪があった。


 大きな宝石ではない。


 銀の輪に、小さな火と鍵と麦穂の模様が刻まれている。


「私と、家族になってほしい」


 胸がいっぱいになった。


 王宮での婚約は、政略だった。


 華やかな指輪も、王太子妃教育も、未来を決めるものとして与えられた。


 でも、今差し出されている指輪は違う。


 わたしの仕事も、怒りも、記録も、精霊たちも含めて、一緒に生きたいと言っている。


 答えは、もう決まっていた。


「お受けします」


 食堂の暖炉が、ぼんっと火を大きくした。


 パン窯がパンを出しすぎた。


 井戸の水が嬉しそうに揺れ、長椅子が一斉にきしみ、門が遠くでからんと鳴った。


 人間側も歓声を上げる。


 ロイド副長は涙ぐんでいた。


「副長、泣いていますか」


「煙が目に入っただけです」


「食堂で?」


 エルンが突っ込み、笑いが広がる。


 グレン様は指輪をわたしの指にはめた。


 不思議なくらい、ぴったりだった。


「精霊の同意は?」


 彼が少し不安そうに聞く。


 わたしは周囲を見た。


 精霊たちは、完全に浮かれている。


「賛成多数です」


「反対は」


「寝台の子が、結婚準備で無理をするなと言っています」


「それは同意の条件だな」


「はい」


 ルカが前へ出た。


「ミリア、砦にずっといる?」


「仕事で王都へ行くことはあります。でも、帰ってきます」


「グレンも?」


 グレン様が頷く。


「帰る」


 ルカは安心したように笑った。


「じゃあ、いい」


 子どもの承認も得た。


 その夜、食堂では求婚祝いの宴が開かれた。


 パン窯と砦の竈が張り切りすぎて、パンとスープが大量に出た。セリナ様は火守りたちと一緒に灰の管理をし、ロイド副長は長椅子に「重すぎないように座る」と宣言してまた笑われた。


 グレン様はわたしの隣に座り、少しだけ落ち着かない顔をしていた。


「緊張しましたか」


「戦場より緊張した」


「そんなに」


「あなたに断られる可能性があった」


「断りません」


「今だから言える」


 彼は真面目に言った。


 わたしは少し笑い、指輪を見た。


 火と鍵と麦穂。


 温かさと、境目と、食べるもの。


 わたしの好きなものばかりだ。


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


 食堂の暖炉が、柔らかく燃えている。


 わたしは思った。


 ここが、わたしの帰る場所になる。


 それは、政略ではなく、命令でもなく、自分で選んだ家だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ