第四十三話 家守代表、王都に引き抜かれかける
公共家守管理令の成果が出始めると、王都から正式な辞令案が届いた。
差出人はマリア王太女。
内容は、わたしを王都常駐の家守総監に任命するというものだった。
地位は高い。
報酬も高い。
王宮に専用執務室が用意され、灯りの家と各施設を統括する。家守制度を全国に広げるには、王都に中心が必要だという理屈は分かる。
分かるからこそ、悩んだ。
北境砦の食堂で、わたしは辞令案を何度も読み返した。
グレン様は向かいに座っている。
珍しく、何も言わない。
「グレン様は、どう思いますか」
「あなたが決めることだ」
「意見を聞きたいです」
彼は少しだけ息を吐いた。
「北境に残ってほしい」
まっすぐな答えだった。
「だが、あなたの仕事が王都を必要とするなら、引き止めるべきではないとも思う」
「それは、ずるい答えです」
「分かっている」
彼は苦い顔をした。
「本音は、行ってほしくない」
胸が揺れた。
言ってほしかったのかもしれない。
でも、言われると迷う。
わたしは辞令案を机に置いた。
「王都に行けば、制度は進めやすいです。でも、王都常駐になると、現場から離れます」
「現場」
「食堂、井戸、寝台、門。実際に暮らす場所です。家守制度が机上の書類になるのが怖いのです」
前世でも、現場を知らない本部が作る規則は、ときに現場を苦しめた。
もちろん統括は必要だ。
でも、現場から完全に離れたくない。
「それに、北境はまだ試験導入中です。エルダ記憶日、ルカの育成、砦の春修繕、黒森の監視。途中の仕事が多いです」
グレン様は静かに聞いている。
「王都常駐ではなく、北境を拠点にして巡回する形を提案します。灯りの家を中継拠点にし、王都にはクレメントを常駐補佐として置く。わたしは家守総監ではなく、家守総監督官として現場兼任」
「それが、あなたの答えか」
「はい」
「なら、私はその案を支持する」
グレン様の表情が少し柔らかくなった。
安心している。
そのことに、わたしも安心した。
マリア王太女への返書は長くなった。
王都常駐案の利点と欠点。
現場兼任案の体制。
クレメントの能力評価。
灯りの家の中継機能。
北境砦を試験中核とする理由。
最後に、こう書いた。
家守制度は、家を机上の図面としてではなく、人が暮らす場所として扱う制度です。総監が現場から離れすぎることは、制度の精神に反します。
マリア王太女からの返事は早かった。
採用。
ただし、王都への定期出張は必須。
クレメントを王都常駐補佐に任命。
北境砦を王国第一家守試験区とする。
わたしは安堵した。
王都に行かないわけではない。
でも、帰る場所は北境に残る。
その夜、グレン様が約束通り二通目の手紙をくれた。
ミリア。
あなたが北境を拠点にすると決めたことを、私は喜んでいる。
ただし、王都へ行くときは護衛計画を立てる。
過剰だと言われる前に言う。過剰にならないよう相談する。
グレン。
わたしは返事を書いた。
グレン様。
相談するなら許可します。
過剰な場合は、家守代表として抗議します。
ミリア。
翌朝、グレン様はその手紙を読んで少し笑った。
手紙のやり取りは、思ったより楽しい。
火守りたちは完全に面白がっていた。




