第四十二話 王宮の朝食が、初めて自分で焼けました
王宮から、珍しい報告が届いた。
王宮厨房のパン窯が、正式に復職したという。
ただし、以前と同じではない。
王宮厨房には新たに家守補助係が置かれ、パン窯の休養日、火加減記録、酵母棚の鍵管理、厨房係の交代制が整備された。
そして何より、王宮の人々が初めてパン窯に礼を言ったらしい。
ブルーメ副局長からの手紙には、妙に感慨深い文字で書かれていた。
王宮の朝食が、初めて「勝手に出てくるもの」ではなくなりました。
パン窯の復職初日、厨房係全員で礼を述べました。王弟セドリック殿下も同席し、過去の過重労働について謝罪されました。
パンは、以前より美味しく焼けました。
なお、焼きすぎないよう管理しています。
わたしは手紙を読み、王宮からついてきたパン窯の精霊へ見せた。
この子は、復職しないことを選んだ。
今は北境と灯りの家を行き来し、後輩の竈やパン窯に火加減を教えている。
「王宮の子、戻ったそうです」
パン窯は、少し複雑そうな顔をした。
嬉しい。
でも、自分は戻らない。
それでいいのか迷っている。
「あなたが戻らないことも、正しい選択です」
わたしは言った。
「王宮の子は王宮で働きたいと思った。あなたは別の場所で働きたいと思った。どちらも尊重されます」
パン窯は、ゆっくり頷いた。
そして、ぽんと小さなパンを出した。
王宮のパンに対抗するような、少し丸すぎるパンだった。
その日、砦の食堂では王宮復職祝いのパンが配られた。
兵士たちは事情をよく分かっていないが、美味しいパンなら歓迎する。
「王宮のパン窯に乾杯」
ロイド副長が湯の杯を掲げる。
「乾杯!」
パン窯の精霊は照れながら胸を張る。
砦の竈も、王宮のパン窯の復職を祝って火を揺らした。
同じ仕事をする者同士、離れていても通じるものがあるのだろう。
その夜、セドリック殿下からも個人的な手紙が届いた。
ミリア。
王宮のパンを食べた。
以前より美味かった。
私は、これまで美味いものを食べていても、それを作る者や支えるものを見ていなかったのだと、改めて思った。
寝台の休養期間はまだ続いている。私は予備寝台で眠っている。眠る前に礼を言うのは、まだ少し気恥ずかしいが、続けている。
姉上には、字が少しまともになったと言われた。
あなたに許しを求める手紙ではない。
ただ、報告したかった。
王宮は、少しずつ自分で朝食を焼けるようになっている。
わたしは手紙を読み終え、しばらく考えた。
許しを求める手紙ではない。
その一文が、以前の殿下との違いを示していた。
彼は、わたしの反応を自分の救いにしようとしていない。
ただ報告している。
それなら、返事をしてもいいと思った。
セドリック殿下。
ご報告ありがとうございます。
王宮のパン窯が復職できたこと、嬉しく思います。休養日と記録を継続してください。眠る前の礼は、気恥ずかしくても続ければ習慣になります。
字については、読みやすくなりました。
ミリア・ハーシェル。
書き終えると、火守りが覗き込んだ。
「淡々としすぎですか」
火守りは首を横に振る。
ちょうどいい、というように。
関係は、元に戻らない。
でも、まったく別の形で、仕事上のやり取りはできる。
それで十分だった。
グレン様にその話をすると、彼は少しだけ複雑な顔をした。
「嫉妬ですか」
つい聞いてしまってから、自分で驚いた。
グレン様も驚いた顔をした。
しばらく沈黙。
「……少し」
正直に答えられ、今度はこちらが黙る。
「だが、あなたが過去を整理して前へ進むことを、邪魔したくはない」
「ありがとうございます」
「それと、私は字が綺麗だ」
急に何を言うのかと思った。
「はい?」
「手紙を書くなら、私の字も読みやすい」
火守りが火花を散らして笑っている。
わたしも笑ってしまった。
「では、今度お手紙をください」
「分かった」
彼は真剣に頷いた。
冗談のつもりだったのに、翌朝、本当に短い手紙が机に置かれていた。
ミリア。
今日も食堂のスープが温かい。
あなたが休む時間も、温かくあってほしい。
グレン。
字は確かに綺麗だった。
内容は、少し反則だと思った。




