第四十一話 家守見習いルカ、初仕事です
ルカの初仕事は、砦ではなく灯りの家で行われた。
相手は、小さな宿泊室。
旅人がよく使う二階の角部屋で、最近、泊まった人が皆「何となく眠れない」と訴えていた。
見た目には問題がない。
寝台も新しい。窓も閉まる。暖炉も小さいながら使える。
こういう「何となく」は、家守見習いの良い訓練になる。
「ルカ、まず何をしますか」
「見る」
「どこを?」
「床、窓、寝台、暖炉。あと、荷物置き」
「よろしい」
ルカは真剣な顔で部屋に入った。
わたし、クレメント、セリナ様が後ろで見守る。グレン様は同行したが、部屋が狭いので廊下に立っている。
ルカは床に手を置き、窓の隙間を確認し、寝台の端に座った。
「寝台、悪くない」
「はい」
「窓も、寒くない」
「はい」
「暖炉、ちょっと寂しい」
暖炉の子が照れたように火を揺らす。
「でも、眠れないのは、そこじゃない」
ルカは部屋の隅にある荷物置きを見た。
小さな木製の台だ。
旅人が鞄を置くためのもの。
「これ、嫌がってる」
「なぜでしょう」
ルカは近づき、台の下を覗いた。
そこには、古い金具が刺さったままになっていた。
以前、料金所だった頃、鎖で荷物を固定するための金具だろう。錆びて、木に食い込んでいる。
「荷物を置かれると、昔の重さを思い出す」
ルカはぽつりと言った。
「旅人の荷物じゃなくて、税の袋。重くて、怖くて、取られるみたいで」
荷物置きの精霊が、びくりと震えた。
正解だった。
この部屋で眠れない人が多かったのは、荷物置きが旅人の鞄を怖がり、その不安が部屋に広がっていたからだ。
「どうしますか」
わたしが尋ねる。
ルカは考えた。
「金具を外す。傷を埋める。でも、荷物置きの仕事はやめない。今は、取るんじゃなくて預かるって教える」
「良い判断です」
クレメントが感動したようにメモを取る。
セリナ様も目を輝かせている。
ルカは荷物置きに向かって言った。
「今の荷物は、旅の途中で休むためのもの。取らない。預かるだけ。嫌なら、少しずつでいい」
荷物置きの精霊は、涙目で頷いた。
金具を外し、傷に木粉と樹液を混ぜた補修材を詰める。これは灯りの家の職人に教わった方法だ。完全に直るには時間がかかるが、痛みは減る。
その夜、角部屋に泊まった旅人はよく眠れた。
翌朝、彼は言った。
「昨日まで妙に落ち着かなかったのに、今日は荷物を預けて安心できた」
ルカはその報告を聞き、顔を輝かせた。
「できた」
「はい。初仕事、完了です」
わたしは彼に小さな見習い印を渡した。
木製の札に、家と火の印が彫られている。
ルカは両手で受け取り、じっと見つめた。
「俺、家守?」
「見習いです」
「でも、なれる?」
「なれます。学び続ければ」
彼は唇を噛み、涙をこらえた。
「村なくなっても?」
「はい」
「家、なくなっても?」
「新しい家を守ることもできます。古い家を覚えていることもできます」
ルカは札を胸に抱いた。
家を失った子どもが、家を守る仕事を選ぶ。
それは悲しいだけの物語ではない。
次へ進む物語だ。
廊下で見ていたグレン様が、静かに頷いた。
「良い弟子だ」
「はい」
「あなたは、良い師だ」
「まだわたしも学んでいます」
「学んでいる者が教えるから、良いのだろう」
その言葉に、胸が温かくなる。
灯りの家の玄関の鐘が鳴った。
新しい旅人が入ってくる。
鍵の子が嬉しそうに跳ねる。
家守見習いたちの仕事は、始まったばかりだった。




