表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/68

第四十話 貴族邸の椅子が、晩餐会を拒否しました




 公共家守管理令の試験導入が始まると、反対派の貴族たちは表向き静かになった。


 けれど、完全に納得したわけではない。


 その証拠に、ある日、反対派筆頭だったヴァルム公爵家から招待状が届いた。


 内容は、家守制度への理解を深めるための晩餐会。


 言葉は丁寧だが、意図は明白だった。


 家守代表を呼び、貴族たちの前で粗を探す。


 わたしは招待状を読み、ため息をついた。


「行く必要はあるのか」


 グレン様が不機嫌そうに言う。


「あります。反対派が表で話す場を作るなら、こちらも説明できます」


「罠でも?」


「罠でも、記録を取ります」


「あなたは本当に強いな」


「強いというより、面倒な相手ほど書類が効くので」


 晩餐会には、マリア王太女の代理としてクレメントも同行した。グレン様は護衛兼同伴者として当然のように来た。最近、彼はわたしの同伴を「職務」と言い張るが、周囲の精霊たちは完全に別の意味で受け取っている。


 ヴァルム公爵邸は豪華だった。


 大理石の玄関、金の装飾、巨大な鏡、赤い絨毯。見た目は完璧だ。


 しかし、玄関を入った瞬間、わたしは足を止めた。


 空気が硬い。


 王宮とは違う種類の硬さだ。


 ここは、見栄えのために家が締めつけられている。


 廊下の花瓶は重すぎて棚が痛がっている。絨毯は毎日香粉を撒かれすぎて息苦しそうだ。椅子たちは、座る人の見栄と嘘を受け止めすぎて、うんざりしている。


「どうした」


 グレン様が低く聞く。


「椅子が荒れています」


「椅子」


「今夜、何か起きるかもしれません」


 晩餐会は、公爵の挨拶から始まった。


「ミリア嬢の家守制度には、我々も大いに関心を持っております。何しろ、椅子や暖炉にまで意思があるとのこと。ならば今夜、我が家の椅子もさぞ喜んでいるでしょうな」


 周囲の貴族たちが笑う。


 わたしは椅子を見る。


 喜んでいない。


 むしろ、かなり怒っている。


 晩餐が進むにつれ、公爵はわたしへ質問を重ねた。


「家守は、どこまでが仕事ですかな。貴族の私室まで覗くのですか」


「契約範囲と同意が必要です」


「精霊が嫌がったと言えば、使用人を怠けさせられるのでは」


「物的確認と記録を併用します」


「見えぬものを盾に、女が権限を持つのは危険では」


 グレン様の気配が冷える。


 わたしは手元の記録紙に淡々と書く。


 発言者、時刻、内容。


「今の発言も記録しているのかね」


「はい」


「実に可愛げがない」


「可愛げは契約項目に入っておりません」


 どこかで聞いた言葉に、グレン様が小さく咳をした。


 そのとき、公爵が椅子へ深くもたれた。


 椅子が、限界を迎えた。


 ばきん。


 派手な音を立てて、椅子の背が外れた。


 公爵は後ろへ倒れ、床に尻もちをついた。


 会場が静まり返る。


 使用人たちが慌てて駆け寄る。


「何だ、この粗悪な椅子は!」


 公爵が怒鳴る。


 椅子の精霊は、怒りで震えていた。


 粗悪ではない。


 毎晩のように重い装飾外套を背にかけられ、座る人には乱暴にもたれられ、見栄えのために修理を後回しにされ、それでも客前では美しく立っていろと言われ続けた。


 限界だった。


「公爵閣下」


 わたしは立ち上がった。


「椅子の背は以前から緩んでいました。座面下の補強も傷んでいます。見た目を磨くより、修理が必要です」


「黙れ。椅子ごときに」


 次の瞬間、晩餐会場の椅子が一斉にきしんだ。


 公爵夫人の椅子も、客用椅子も、壁際の長椅子も。


 誰も座れなくなるほどではない。


 けれど、明確な抗議だった。


 貴族たちの顔色が変わる。


 グレン様が静かに言った。


「椅子ごとき、と言うには、今夜の皆様はその椅子に体を預けています」


 クレメントが記録を取りながら続ける。


「晩餐会場の家具安全点検を推奨します。事故が起きた場合、主催者責任が問われます」


 公爵は言葉を失った。


 事故。


 責任。


 賠償。


 貴族は精霊の意思を笑っても、責任の言葉には弱い。


 その夜の晩餐会は、急きょ家守点検会に変わった。


 椅子、卓、燭台、暖炉、絨毯。見た目は豪華だが、どれも無理をしていた。


 使用人たちは最初怯えていたが、次第に口を開いた。


「椅子の修理は、何度も申請しました」


「絨毯の香粉で咳が出ます」


「暖炉は煙が逆流します」


 公爵邸の問題は、家守制度への反対理由そのものだった。


 見えない仕事を軽んじる。


 見栄えを優先する。


 現場の声を潰す。


 結果として、椅子が晩餐会を拒否する。


 後日、ヴァルム公爵家は家守点検を正式導入した。


 反対派の勢いは一気に落ちた。


 貴族院では、椅子の反乱と呼ばれるようになった。


 椅子たちは不本意そうだったが、効果は絶大だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ