第四十話 貴族邸の椅子が、晩餐会を拒否しました
公共家守管理令の試験導入が始まると、反対派の貴族たちは表向き静かになった。
けれど、完全に納得したわけではない。
その証拠に、ある日、反対派筆頭だったヴァルム公爵家から招待状が届いた。
内容は、家守制度への理解を深めるための晩餐会。
言葉は丁寧だが、意図は明白だった。
家守代表を呼び、貴族たちの前で粗を探す。
わたしは招待状を読み、ため息をついた。
「行く必要はあるのか」
グレン様が不機嫌そうに言う。
「あります。反対派が表で話す場を作るなら、こちらも説明できます」
「罠でも?」
「罠でも、記録を取ります」
「あなたは本当に強いな」
「強いというより、面倒な相手ほど書類が効くので」
晩餐会には、マリア王太女の代理としてクレメントも同行した。グレン様は護衛兼同伴者として当然のように来た。最近、彼はわたしの同伴を「職務」と言い張るが、周囲の精霊たちは完全に別の意味で受け取っている。
ヴァルム公爵邸は豪華だった。
大理石の玄関、金の装飾、巨大な鏡、赤い絨毯。見た目は完璧だ。
しかし、玄関を入った瞬間、わたしは足を止めた。
空気が硬い。
王宮とは違う種類の硬さだ。
ここは、見栄えのために家が締めつけられている。
廊下の花瓶は重すぎて棚が痛がっている。絨毯は毎日香粉を撒かれすぎて息苦しそうだ。椅子たちは、座る人の見栄と嘘を受け止めすぎて、うんざりしている。
「どうした」
グレン様が低く聞く。
「椅子が荒れています」
「椅子」
「今夜、何か起きるかもしれません」
晩餐会は、公爵の挨拶から始まった。
「ミリア嬢の家守制度には、我々も大いに関心を持っております。何しろ、椅子や暖炉にまで意思があるとのこと。ならば今夜、我が家の椅子もさぞ喜んでいるでしょうな」
周囲の貴族たちが笑う。
わたしは椅子を見る。
喜んでいない。
むしろ、かなり怒っている。
晩餐が進むにつれ、公爵はわたしへ質問を重ねた。
「家守は、どこまでが仕事ですかな。貴族の私室まで覗くのですか」
「契約範囲と同意が必要です」
「精霊が嫌がったと言えば、使用人を怠けさせられるのでは」
「物的確認と記録を併用します」
「見えぬものを盾に、女が権限を持つのは危険では」
グレン様の気配が冷える。
わたしは手元の記録紙に淡々と書く。
発言者、時刻、内容。
「今の発言も記録しているのかね」
「はい」
「実に可愛げがない」
「可愛げは契約項目に入っておりません」
どこかで聞いた言葉に、グレン様が小さく咳をした。
そのとき、公爵が椅子へ深くもたれた。
椅子が、限界を迎えた。
ばきん。
派手な音を立てて、椅子の背が外れた。
公爵は後ろへ倒れ、床に尻もちをついた。
会場が静まり返る。
使用人たちが慌てて駆け寄る。
「何だ、この粗悪な椅子は!」
公爵が怒鳴る。
椅子の精霊は、怒りで震えていた。
粗悪ではない。
毎晩のように重い装飾外套を背にかけられ、座る人には乱暴にもたれられ、見栄えのために修理を後回しにされ、それでも客前では美しく立っていろと言われ続けた。
限界だった。
「公爵閣下」
わたしは立ち上がった。
「椅子の背は以前から緩んでいました。座面下の補強も傷んでいます。見た目を磨くより、修理が必要です」
「黙れ。椅子ごときに」
次の瞬間、晩餐会場の椅子が一斉にきしんだ。
公爵夫人の椅子も、客用椅子も、壁際の長椅子も。
誰も座れなくなるほどではない。
けれど、明確な抗議だった。
貴族たちの顔色が変わる。
グレン様が静かに言った。
「椅子ごとき、と言うには、今夜の皆様はその椅子に体を預けています」
クレメントが記録を取りながら続ける。
「晩餐会場の家具安全点検を推奨します。事故が起きた場合、主催者責任が問われます」
公爵は言葉を失った。
事故。
責任。
賠償。
貴族は精霊の意思を笑っても、責任の言葉には弱い。
その夜の晩餐会は、急きょ家守点検会に変わった。
椅子、卓、燭台、暖炉、絨毯。見た目は豪華だが、どれも無理をしていた。
使用人たちは最初怯えていたが、次第に口を開いた。
「椅子の修理は、何度も申請しました」
「絨毯の香粉で咳が出ます」
「暖炉は煙が逆流します」
公爵邸の問題は、家守制度への反対理由そのものだった。
見えない仕事を軽んじる。
見栄えを優先する。
現場の声を潰す。
結果として、椅子が晩餐会を拒否する。
後日、ヴァルム公爵家は家守点検を正式導入した。
反対派の勢いは一気に落ちた。
貴族院では、椅子の反乱と呼ばれるようになった。
椅子たちは不本意そうだったが、効果は絶大だった。




