第三十九話 灯りの家、開所します
灯りの家の開所式は、王都と北境をつなぐ街道沿いで行われた。
古い料金所は、完全ではないが見違えるようになっていた。屋根は補修され、窓には新しい木枠が入り、玄関には小さな鐘が吊るされている。一階は旅人用の休憩所と食堂、二階は簡易寝台、奥は家守講習室になった。
鍵の子は、玄関の鍵穴で得意げにしている。
床板の子は、まだ少し軋むが、それも味になっていた。
暖炉の子は小さいながら元気で、火守りたちに囲まれている。
「ここが、王国初の家守講習所です」
マリア王太女殿下が宣言した。
王太女。
彼女の新しい称号は、もう王宮に馴染み始めている。セドリック殿下は王弟として政務補佐の立場に移り、主に管理局改革を担当していた。本人いわく、眠れるようになると書類が読める、とのことだ。
灯りの家には、各地から見習いが集まった。
王宮管理局のクレメント。
王立医療院から来た掃除係の娘。
神殿宿舎の修繕係。
北境砦からはルカ。
そして、セリナ様も医療院実習の一環として参加している。
「わたくし、見習い二号くらいでしょうか」
セリナ様が冗談を言う。
「番号制ではありません」
「では、灰色見習いです」
彼女は楽しそうだった。
講習の初日は、派手な魔法ではなく掃除から始まった。
「まず、床を見ます」
わたしが言うと、見習いたちは真剣な顔で床を見る。
「床は、人の動きを覚えます。どこがよく踏まれるか、どこが避けられるか、どこでつまずくか。床を見れば、家の使われ方が分かります」
クレメントがすぐにメモを取る。
「つまずき箇所は事故予防記録へ」
「はい」
「床板の軋みは劣化だけでなく、不満の可能性も」
「はい。ただし物理点検を先に」
「その通りです」
彼は本当に有望だ。
ルカは床に手を置き、目を閉じていた。
「ここ、寒い」
「なぜだと思いますか」
「下から風。床の子、足冷たいって」
正解だった。
床下の隙間から風が入っている。完全に見えているかは分からないが、ルカは確実に感じ取っている。
「よく分かりました」
ルカは照れた。
「倉庫の子が、箱だけじゃなく床も見ろって」
「いい先生ですね」
午後は、記録の講習だった。
感情を書けば文書の信頼性が落ちる。
けれど、感情を完全に消せば、現場の痛みが消える。
「事実欄と所見欄を分けます」
わたしは黒板に書いた。
「事実欄には、日時、場所、現象、確認者、物的状況。所見欄には、家守として感じた精霊反応や住人の訴え。改善案は別欄です」
クレメントが目を輝かせる。
「美しい書式です」
「ありがとうございます」
セリナ様は苦戦していた。
「所見欄に『とても悲しそう』と書いてしまいました」
「そのままでも悪くはありませんが、もう少し具体化しましょう。何が悲しそうに見えたのですか」
「火が、端だけ青くなっていました。灰が重そうで、火守りさんが手を伸ばしてもすぐ引っ込めて」
「では、それを書きます」
「なるほど」
見習いたちは、それぞれ違う得意分野を持っていた。
見える者、感じる者、記録が得意な者、掃除が得意な者、料理が得意な者。
家守制度は、一人の特別な力ではなく、複数の技術として広げる必要がある。
わたし一人では、国中の家を見られない。
でも、学ぶ人が増えれば、見えない仕事は孤独ではなくなる。
開所式の夜、灯りの家の食堂で小さな宴が開かれた。
豪華ではない。
豆のスープ、焼きたてパン、干し果物の菓子、温かい湯。
旅人たちも混じり、見習いたちも同じ卓に座る。
玄関の鐘が鳴るたび、鍵の子が嬉しそうに跳ねる。
グレン様は、わたしの隣に座った。
「ここも、よい家になった」
「まだ始まったばかりです」
「始まったばかりの家は、明るいな」
「はい」
わたしは食堂を見渡した。
誘拐された場所が、旅人を迎える家になった。
怖い記憶は消えていない。
けれど、その上に新しい記憶が重なっていく。
温かいスープ、学ぶ声、玄関の鐘。
家は、上書きではなく積み重ねで回復する。
わたし自身も、きっと同じだ。




