第三十四話 五日間の吹雪と、眠れる夜
吹雪は五日続いた。
一日目は避難民の受け入れ。
二日目はミナの救出。
三日目には燃料の消費が予想より早いことが分かり、食堂暖炉と厨房竈が火力配分を調整した。
四日目には井戸の滑車が凍りかけ、兵士たちが夜中に交代で湯をかけて守った。
五日目には、疲労が限界に近づいた。
人は温かい場所にいても、緊張が続くと疲れる。避難民の子どもたちは退屈し、大人たちは不安を募らせ、兵士たちは外の見回りで消耗する。
砦の精霊たちも疲れていた。
食堂暖炉は火を絶やさないよう頑張りすぎて、灰色の髪が白っぽくなっている。井戸の子は目の下の隈を濃くし、寝台たちは避難民を受け止めるため毛布を膨らませ続けていた。
「休養交代を入れます」
わたしはおうち精霊組合の臨時会議で宣言した。
「今休むのか」
ロイド副長が驚く。
「今だから休みます。全員で限界まで頑張ると、最後に全員倒れます」
グレン様が頷いた。
「部隊と同じだ。交代制にする」
人間側は納得した。
問題は精霊側だった。
食堂暖炉は休みたがらない。
自分が火を落とせば、避難民が寒がると思っている。
「火を完全に落とすわけではありません。火守りを三班に分けます。砦の竈、王宮のパン窯、携帯火鉢の子で補助します」
暖炉は不安そうにする。
「あなたが倒れたら、食堂全体が冷えます。休むことも仕事です」
休むことも仕事。
その言葉は、精霊にも人間にも効いた。
兵士たちも、避難民も、交代で眠ることになった。
食堂の奥に臨時寝所を作り、長椅子を組み合わせ、毛布を敷く。子どもと高齢者を中央へ、兵士は入口側へ。寝台の精霊たちが、眠りの順番を整える。
ミナは回復し、母親の隣で眠っていた。
ルカは見習いとして、寝所の毛布配りを手伝う。
「この毛布、こっち。おばあちゃん寒いって」
彼の言葉に、毛布の精霊が少し膨らむ。
子どもが家の声を聞き始めている。
完全に見えているわけではない。
でも、気配を感じている。
家守の素質があるかもしれない。
五日目の夜、吹雪の音が少し弱まった。
けれど、気を抜くには早い。
わたしは食堂の端で記録を書いていた。
燃料消費、避難民数、負傷者、体調不良者、精霊休養状況、問題点、改善案。
手がかじかむ。
火守りが心配そうに寄ってくる。
「大丈夫です」
言った瞬間、背後から声がした。
「大丈夫ではない」
グレン様だった。
「また休んでいない」
「記録が」
「記録係はクレメントを王都から呼ぶべきだな」
「彼は灯りの家です」
「では、ロイドにやらせる」
「副長は字が少し荒いです」
「言われているぞ」
近くにいたロイド副長が顔を上げた。
「監督官殿、字の訓練も必要ですか」
「必要です」
「また仕事が増えた」
そう言いながら、彼は笑っている。
グレン様はわたしの前に温かい湯を置いた。
「飲んで、寝る」
「命令ですか」
「依頼だ」
「断れますか」
「寝台が断らない」
寝台の精霊たちが一斉に頷く。
完全に包囲されていた。
「分かりました。少し休みます」
「少しではなく、三時間」
「三時間」
「王太子でも三時間眠れた」
その例えに笑ってしまった。
グレン様も少し笑った。
わたしは食堂奥の臨時寝所で横になった。
周囲には避難民の寝息、兵士の小さないびき、暖炉の火、吹雪の遠い音。
以前なら、こういう場で眠ることはできなかったかもしれない。
でも今は、不思議と安心できた。
家が守っている。
人が守っている。
精霊が守っている。
そして、わたしも守られている。
眠りに落ちる直前、グレン様の声が聞こえた気がした。
「おやすみ、ミリア」
返事をしたかどうかは覚えていない。
ただ、その夜の眠りは深かった。
六日目の朝、吹雪は止んだ。
砦の中庭に光が差し込む。
雪は深く積もっていたが、空は青かった。
避難民に死者はなく、重い凍傷もなかった。
井戸は凍らず、食堂の火は絶えず、寝台は人々を眠らせた。
砦は、大寒波を乗り越えた。
食堂では、朝食のスープとパンが配られた。
人々は疲れ切っていたが、顔には安堵があった。
ミナが焼き菓子を一つ、門の近くに置いた。
「ありがとう」
門の子が、泣きそうに笑った。
ルカは井戸に礼を言い、ロイド副長は長椅子にそっと座った。
グレン様は中庭で雪を見上げていた。
わたしは彼の隣に立つ。
「乗り越えましたね」
「ああ」
「砦が強くなりました」
「あなたが来たからだ」
「みんなが頑張ったからです」
「それもある」
彼はわたしを見た。
「だが、あなたが来なければ、頑張り方を知らないままだった」
朝の光の中で、その言葉はまっすぐ胸に届いた。
わたしは何も言えず、ただ雪を見た。
砦の屋根から、雪が滑り落ちる。
重かった冬が、少しずつ動き始めていた。




