第二十六話 証言台の上で、わたしは家事魔法と言った
王宮での審問は、三日後に開かれた。
国王陛下、マリア王女、法務官、貴族院代表、神殿代表、北境代表。多くの人が見守る中、王宮管理局長オルド・フェン、ガルム商会長バナージ・ガルム、古神殿派の老司祭が罪状を読み上げられた。
修繕予算の横領。
王宮設備への危険行為。
北境軍需物資の不正納品。
精霊契約具の違法所持および使用未遂。
家守代表への誘拐、脅迫。
罪状は多かった。
けれど、審問の中心は一つだった。
精霊に意思はあるのか。
そして、家守の仕事は正式な労働として認められるのか。
老司祭は最後まで強硬だった。
「精霊とは、神々の力の残滓です。人の祈りにより導かれ、契約により秩序を与えられるべき存在。見えぬものに意思を認めれば、国家の管理は混乱します」
貴族院の一部が頷く。
彼らにとって、見えない労働に報酬を払うことは都合が悪いのだろう。
わたしは証言台に立った。
緊張していないと言えば嘘になる。
王宮の大広間で婚約破棄されたときとは、また違う緊張だ。あのときは、個人として捨てられた。今日は、家守として立っている。
「ミリア・ハーシェル嬢」
法務官が言う。
「あなたの加護《家守》について説明してください」
「人が暮らす場所に宿る精霊の声を聞き、手入れ、調整、休養、契約を行う力です」
「それは、俗に家事魔法と呼ばれていたものですね」
会場の一部で小さな笑いが起きる。
以前なら、恥ずかしかった。
今は違う。
「はい。家事魔法です」
わたしははっきり言った。
「家事とは、家を維持する仕事です。火を守り、水を清め、食事を整え、眠りを支え、扉を開閉し、汚れを落とし、壊れる前に手入れする。人が毎日生きるための仕事です。わたしは、その仕事を恥じません」
笑い声が止まった。
グレン様が傍聴席で静かに見ている。
セリナ様も、灰色の手袋を握りしめていた。
「精霊の意思について、どう証明しますか」
「完全な証明は、今後の制度設計が必要です。ただし、精霊の反応と物的証拠の照合は可能です」
わたしは報告書を示した。
「王宮北棟火守りの恐怖反応は、煙突内の魔力保存布による煤固着と一致しました。北境倉庫精霊の拒否反応は、通気不良、粗悪品、不正納品と一致しました。門の精霊の閉鎖反応は、三年前の襲撃時の記録と一致しました。寝台精霊の離職は、王太子殿下の寝室記録と一致しました」
セドリック殿下が顔を伏せた。
わたしは続ける。
「精霊の言葉だけで人を裁くのは危険です。ですが、精霊の声を無視することも危険です。見えない異常は、見える事故の前兆です」
法務官が頷いた。
「では、精霊契約具について」
「使用に反対します」
「理由は」
「意思確認、休養、拒否権を奪うからです。精霊を無理に働かせれば、一時的には設備が動くかもしれません。しかし、疲労と恐怖は蓄積します。最終的には火災、水質悪化、睡眠障害、防衛機能低下など、人間側の被害として現れます」
老司祭が叫んだ。
「精霊を甘やかすからだ!」
わたしは彼を見た。
「休ませることは、甘やかしではありません」
声は震えなかった。
「ふかふかの寝台も、温かい食事も、きちんと閉まる扉も、清潔な水も、甘やかしではありません。人が生きるための基盤です。それを支える精霊に休養と敬意を与えることは、国を支えることです」
大広間が静まり返る。
わたしは、かつて婚約破棄された場所で、家事魔法を堂々と語っている。
不思議だった。
あの夜の自分に教えてあげたい。
あなたは不要ではない。
あなたの仕事は、ちゃんと誰かの朝につながる。
審問の最後、セリナ様が証言台に立った。
「わたくしは、聖女として王宮に迎えられました。けれど、聖女の名で過剰な礼服、香油、装飾品が発注され、それが不正に利用されていたことを知りませんでした」
彼女は深く頭を下げた。
「知らなかったことを、免罪符にはしません。今後、神殿と王宮の支出監査に協力します。また、古神殿派が精霊契約具を持ち出したことについて、神殿内部の調査を求めます」
老司祭が怒鳴った。
「聖女が神殿を疑うのか!」
「はい」
セリナ様はまっすぐ答えた。
「信仰は、疑ってはいけないという意味ではありません。間違いを正すためにも、光は必要です」
その光は、もう火守りを怖がらせなかった。
審問の結果、三人は有罪となった。
局長は爵位剥奪と鉱山労役。
ガルム商会長は財産没収、被害弁済、商会解体。
老司祭は神殿籍剥奪と終身幽閉。
古神殿派への調査も始まる。
そして、国王陛下は王令を出した。
精霊契約具の使用禁止を再確認し、違反時の罰則を強化する。
公共施設における家守点検制度を試験導入する。
家守職の報酬、休暇、拒否権、記録手順を整備する。
暫定家守代表として、ミリア・ハーシェルを任命する。
大広間で、その王令が読み上げられた。
かつて笑いが起きた場所で、今度は拍手が起きた。
わたしは拍手の中、グレン様を見た。
彼はいつものように大げさな表情はしない。
ただ、静かに頷いた。
よくやった、と。
その一つで十分だった。




