第二十四話 封印庫の鍵は、誰の手にも渡さない
精霊契約具は、王宮地下の封印庫へ運ばれることになった。
封印庫は、建国時代から危険な魔導具を保管するために作られた場所だ。王家、神殿、法務局の三つの鍵がなければ開かない。今回から、そこに家守代表の確認印も加えられることになった。
老司祭は終始不機嫌だった。
セリナ様は彼から少し距離を置いている。
わたしは、グレン様と護衛二名に挟まれて地下へ向かった。
「寒いですね」
石階段を下りながら、セリナ様が呟く。
「地下ですから」
「いえ、温度ではなく」
彼女は胸元を押さえた。
「何か、嫌な感じがします」
火守りたちも同じ反応をしていた。
地下の空気は、ただ冷たいだけではない。
使われなくなった契約、押し込められた声、封じられた怒り。そういうものが、石壁に染みついている。
封印庫の前に立つと、三人の担当者が鍵を差し込んだ。
王家の鍵。
神殿の鍵。
法務局の鍵。
重い扉が開く。
中は暗く、棚には布をかけられた箱が並んでいた。
封印庫の精霊は、姿を見せなかった。
けれど、強い警戒を感じる。
「初めまして」
わたしは扉の前で礼をした。
「ミリア・ハーシェルです。今日は、精霊契約具の封印に立ち会います」
老司祭が鼻で笑った。
「封印庫にまで挨拶とは」
「必要です」
グレン様が短く言った。
老司祭は黙った。
契約具の箱が運び込まれる。
黒い金属の輪は、布越しにも嫌な気配を放っていた。火守りがわたしの袖の中に隠れる。寝台の子なら泣き出していただろう。
法務官が記録を読み上げる。
「精霊契約輪、一点。王宮管理局長オルド・フェン所持品より押収。古神殿派由来の疑い。現行法により使用禁止。封印番号、七四二」
わたしは記録に目を通し、追加事項を書き込んだ。
「家守所見。対象物は周辺精霊に強い恐怖反応を引き起こす。保管時は精霊の多い生活区域から隔離すること。定期的な封印状態確認には、家守または同等の感知能力者を立ち会わせること」
「同等の感知能力者とは?」
法務官が尋ねる。
「今後養成する必要があります」
マリア王女が頷いた。
「記録してください」
封印手順が始まった。
王家の封印符、神殿の封印符、法務局の封印印。最後に、わたしが家守確認印を押す。
印といっても、急造のものだ。
マリア王女が用意した小さな丸印には、家の形と小さな火が彫られていた。
少し不格好だが、わたしは気に入っている。
確認印を押そうとした、その瞬間。
封印庫の奥で、棚が倒れた。
大きな音。
全員の視線がそちらへ向く。
同時に、老司祭の袖から黒い紐が伸びた。
契約具の箱へ。
「危ない!」
わたしが叫ぶより早く、グレン様が動いた。
彼の剣が紐を切る。
黒い紐は床に落ち、煙のように消えた。
老司祭は顔を歪めた。
「なぜ邪魔をする。精霊を人の管理下に置くことこそ、秩序だ」
セリナ様が青ざめる。
「司祭様」
「聖女様、あなたも分かるはずです。見えぬものに意思など与えるから、王宮は混乱した。精霊は祈りと契約で正しく縛り、使うべきなのです」
「違います」
セリナ様は震えながらも、はっきり言った。
「わたくしは、火守りさんたちが怖がるのを見ました。煤の中で苦しんでいたのを見ました。あの子たちは、物ではありません」
「神殿に逆らうのですか」
「神殿が間違っているなら」
セリナ様の声に、白い光が灯る。
けれど以前のような強すぎる光ではない。
柔らかく、周囲を照らす光。
火守りが怖がらない光だった。
老司祭は、懐からもう一つ小さな契約輪を取り出した。
隠し持っていたのだ。
彼はそれを床へ叩きつけた。
黒い波が広がる。
封印庫の精霊が悲鳴を上げた。
棚が震え、扉が閉まろうとする。
このままでは、わたしたちは地下に閉じ込められる。
「封印庫!」
わたしは床に手をついた。
「閉じないで。あなたが守りたいものは分かります。でも、今閉じたら、契約具を使った者も中に残ります。手順を守って、一緒に封じましょう」
封印庫の精霊は混乱している。
長く危険物を閉じ込め続けた場所だ。外へ出すことより、閉じることを優先する癖がある。
老司祭は笑った。
「封印庫は閉じる。お前たちはここで」
その言葉は最後まで続かなかった。
王宮の大扉の精霊が、地下まで声を届けたのだ。
開けろ。
それは音ではなく、家全体の命令だった。
封印庫の扉が震える。
王宮の廊下、階段、手すり、鍵、火守り、湯気の子たちが、一斉に封印庫へ意識を向けている。
王宮は、もう以前の王宮ではない。
わたしだけに任せるのではなく、自分たちで守ろうとしている。
「グレン様、契約輪を」
「ああ」
グレン様が老司祭を押さえ、法務官が契約輪を布で包む。セリナ様は柔らかな光で黒い波を薄める。マリア王女は冷静に封印手順を指示する。
わたしは家守確認印を握りしめた。
「封印庫、今です」
封印庫の精霊が、震えながら頷いた。
王家、神殿、法務局、家守。
四つの封印が重なる。
黒い契約具は、箱の中で沈黙した。
老司祭は拘束された。
セリナ様はその場に立ち尽くし、涙をこぼしていた。
「わたくし、あの方にずっと教えられていました」
「セリナ様」
「光は人を導くものだと。見えないものは、導かれるべき弱いものだと。でも、違ったのですね」
「知らなかったことは、今から知ればいいです」
わたしが言うと、彼女は小さく頷いた。
「はい」
グレン様は老司祭を兵に引き渡し、わたしのそばへ戻った。
「怪我は」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
彼は、わたしの手を見た。
家守確認印を握りしめていた指が、少し赤くなっている。
グレン様は何も言わず、自分の手袋を外し、わたしの手にかけた。
「冷えている」
「地下ですから」
「それだけではない」
彼の手袋は大きく、温かかった。
火守りが袖の中から顔を出し、満足そうに頷く。
王宮の地下で、わたしは初めて思った。
守られることは、仕事の邪魔ではない。
守られながらでも、人はちゃんと働ける。




