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第十八話 おうち精霊組合、発足します




 砦の問題は、一つ直すと次の問題が見えた。


 食堂、井戸、寝台、倉庫、門。


 それぞれが少しずつ息を吹き返すと、今度は互いの連携が必要になった。


 食堂の暖炉は、厨房の竈と相談して火力を分けたい。


 井戸は、浴室と厨房の水量を調整したい。


 寝台は、兵の訓練予定を知りたい。重い疲労の日には、早めに毛布を干してほしいからだ。


 門は、避難訓練の予定を事前に聞きたい。


 倉庫は、食材の搬入日を勝手に変えないでほしい。


 つまり、家の中にも会議が必要だった。


「おうち精霊組合を作ります」


 食堂でそう宣言すると、兵士たちは一斉にこちらを見た。


 ロイド副長は額を押さえた。


「また新しい言葉が出た」


「組合です。各場所の精霊代表と、人間側の担当者が定期的に情報共有します」


「精霊代表」


「食堂代表は暖炉、厨房代表は竈、倉庫代表は倉庫の子、井戸代表は井戸、寝台代表は兵舎から二名、門代表は門の子。人間側はロイド副長、エルン、倉庫係、衛生係、門番長、必要に応じてグレン様」


「俺は何をすればいい」


「議事録を確認してください」


「議事録まであるのか」


「あります。会議は記録しないと、ただの雑談になります」


 前世の管理会社でも、定例会議は大事だった。


 住民、管理員、修繕業者、理事会。全員が同じことを見ているつもりで、実際は見ていない。言った、言わないを防ぐには、記録がいる。


 精霊相手でも同じだ。


 第一回おうち精霊組合は、食堂の隅で開かれた。


 人間側には精霊が見えないため、わたしが通訳する。議事録係はエルン。ルカは見習いとして参加した。


「まず、食堂暖炉から。最近、夕食後に兵士が長居するようになり嬉しい。ただし、椅子を後ろに倒す者がいるので注意してほしい」


 エルンが真剣に書き取る。


「次、長椅子。入口側の席が改善されて嬉しい。だが、ロイド副長が座ると少し重い」


「体重の話か?」


「態度の話だと思います」


 食堂が笑いに包まれる。


 ロイド副長は咳払いをした。


「善処する」


「次、井戸。愚痴を言うのは構わないが、最近『副長の足音』に関する愚痴が多すぎる。本人に直接言う会を設けてほしい」


「井戸まで俺の足音を」


「副長、歩き方講習をしましょう」


 エルンが小声で言い、また笑いが起こる。


 こういう笑いは、砦に必要だ。


 誰かを傷つけるためではなく、改善できることを笑いながら共有するための笑い。


「次、倉庫。搬入時に人間が焦って箱を積むと、通気孔が塞がる。箱の置き方に印をつけてほしい」


「印をつけます」


 倉庫係が即答した。


「次、寝台。訓練で泥だらけになったまま寝る兵がいる。毛布が泣いている」


 兵士たちの視線が、ある班の若者へ集まる。


「すみません」


「浴室の湯が足りない日があるそうです。井戸と浴室で調整します」


 議題は地味だった。


 けれど、一つ一つが暮らしの質を変える。


 会議の最後、門の子が発言した。


「避難訓練の日、子どもが怖がらないよう、食堂に甘いものを用意してほしい」


 ルカが顔を上げた。


「甘いもの?」


「避難民の子どもが来ることを想定しているのですね」


 門の子は頷いた。


 グレン様は真剣な顔で言った。


「必要だ。恐怖で動けなくなる子どもは多い。甘いものがあると分かれば、食堂へ誘導しやすい」


「生クリームたっぷりのショートケーキは無理ですが、蜂蜜を少し使った焼き菓子なら作れます」


 パン窯の精霊が目を輝かせた。


 砦の竈も、負けじと火を揺らす。


「では、避難訓練用の焼き菓子を試作します」


 議事録にそう書かれた。


 第一回おうち精霊組合は、思った以上に成功した。


 人間側も、精霊側も、互いに問題を出し合うことで責められている感覚が薄れたらしい。


 会議後、ロイド副長がわたしへ言った。


「不思議だな」


「何がですか」


「寝台だの井戸だのに文句を言われているはずなのに、腹が立たない。むしろ、もっと早く聞けばよかったと思う」


「相手が責めたいのではなく、直したいからだと思います」


「人間同士も、そうなら楽なんだがな」


「人間同士も、手順を決めれば少し楽になります」


 ロイド副長は苦笑した。


「監督官殿は、どこまでも管理する気だな」


「管理は、縛るためではなく、安心して暮らすためにするものです」


 その言葉に、グレン様がこちらを見た。


 なぜか少しだけ、目が優しかった。


 夜、わたしは自室で議事録を清書した。


 砦に用意された部屋は質素だが、暖炉はきちんと整えられている。寝台も日に日に柔らかくなっていた。窓の外では雪が降り、遠くで見張りの足音が聞こえる。


 ふと、王宮のことを思い出した。


 大広間の光。


 冷たい笑い声。


 君の家事魔法など要らない、という殿下の声。


 あの夜、わたしは捨てられたと思っていた。


 けれど今は、少し違う気がする。


 わたしは、不要な場所から出て、必要な場所へ来たのだ。


 そう思った瞬間、部屋の扉が控えめにノックされた。


「ミリア。起きているか」


 グレン様の声だった。


「はい」


 扉を開けると、彼は手に小さな木箱を持っていた。


「遅くにすまない。門の子から、あなたへ渡したいものがあるそうだ」


 木箱の中には、小さな鍵が入っていた。


 古い鉄の鍵。


 門の子が、自分の信頼の証として作ったものだ。


「これは」


「砦の内門の合鍵らしい。もちろん、実際の鍵とは別物だが」


 精霊の鍵。


 家が、こちらを受け入れると決めた証。


 わたしは両手で受け取った。


「ありがとうございます」


 鍵は冷たく、少し重かった。


 グレン様は静かに言った。


「砦が、あなたを家の者と認め始めたのだと思う」


 その言葉で、胸がいっぱいになった。


 王宮で五年働いても、わたしはいつも外側にいた。


 でもこの砦は、まだ数日しか経っていないのに、わたしを内側へ招こうとしている。


「嬉しいです」


 そう言うと、グレン様は少しだけ微笑んだ。


「私もだ」


 短い言葉だった。


 けれど、暖炉の火が少しだけ強くなった。



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