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第十六話 王宮管理局の局長は、病欠ではありませんでした




 北境で砦の再生が始まる一方、王宮では別の火種が広がっていた。


 その知らせは、ブルーメ副局長からの密書で届いた。


 王宮管理局長オルド・フェンの体調不良は虚偽。局長は建国祭翌日から所在不明。北棟煙突の証拠品、聖女礼服の予備布、修繕予算の流用に関与の疑いあり。


 さらに、ガルム商会との取引記録に、王宮管理局長の親族名義の会社が挟まっている可能性。


 わたしは手紙を読み終え、しばらく黙った。


 王宮の北棟と、北境の物資倉庫。


 別々の問題に見えて、同じ匂いがする。


 見えない仕事を軽んじる場所には、見えないところで利益を抜く人間が入り込む。


「局長は逃げたか」


 グレン様が言った。


「病欠ではなく、姿を消したそうです」


「こちらの商会ともつながっているなら、北境の問題は王宮の問題でもあるな」


「はい」


 ロイド副長が拳を握った。


「兵の飯を削って、王宮の礼服に回したってことですか」


「まだ断定はできません」


「監督官殿は、そういうとき必ず断定しないな」


「感情を書けば、文書の信頼性が落ちますから」


 ロイド副長は苦笑した。


「では、証拠を集める」


「はい」


 グレン様は即座に命令を出した。


 ガルム商会の帳簿を押収し、商会長の供述を記録する。王宮へは法務官と監査官の派遣を要請する。北境側の納品記録は、過去五年分を洗い直す。


 わたしは倉庫の精霊に協力を頼んだ。


「過去に変な荷が入った日を、覚えていますか」


 倉庫の子は布を握りしめ、ゆっくり頷いた。


 精霊の記憶は、人間の帳簿とは違う。


 日付や金額ではなく、匂い、重さ、置かれた場所、触った手の感触を覚えている。


 それを人間の記録と照合するのは難しいが、不可能ではない。


「この箱は、三年前の冬から変だった」


 わたしが精霊の言葉を訳すと、倉庫係が帳簿をめくった。


「三年前の冬……ガルム商会の代替わり直後です」


「この樽は、水の音がした」


「油樽に水混入」


「この袋は、重さの割に悲しかった」


「粗悪豆ですね」


 ロイド副長は最初、精霊の表現に戸惑っていたが、次第に慣れてきた。


「悲しい袋は粗悪品、怒っている樽は混ぜ物、黙っている箱は帳簿外か」


「だいぶ分かってきましたね」


「嬉しくはないがな」


 証拠集めは地味だった。


 派手な魔法も、断罪の大広間もない。


 ただ、帳簿を開き、現物を見て、記録を照合する。


 一つずつ、確実に。


 けれど、その地味な作業こそが、暮らしを守る。


 同じ頃、王宮からはセリナ様の手紙も届いた。


 彼女は王宮管理局の臨時講習に本当に参加していた。掃除係、洗濯係、厨房係、浴室係から話を聞き、聖女の居室で使われている布や香油の量を自分で確認したらしい。


 手紙には、丁寧な文字でこう書かれていた。


 ミリア様。


 わたくしの部屋で使われていた香油の量が、必要量の三倍でした。侍女たちは「聖女様には当然」と言いましたが、わたくしは毎日その香りで頭が痛かったのです。


 礼服も、わたくしが望んだものよりずっと多く作られていました。わたくしの名で誰かが得をしていたのかもしれません。


 知らなかったことが、恥ずかしいです。


 けれど、知らないままでいるよりは、今恥ずかしい方がいいと思います。


 火守りさんたちは、お元気ですか。


 わたしは手紙を読み、火守りたちに見せた。


 火守りは文字を読めないが、紙に残る気配は分かる。セリナ様の手紙には、強い光ではなく、少し不器用な温度があった。


「返事を書きましょうか」


 火守りたちは頷いた。


 わたしは短く書いた。


 火守りたちは元気です。灰入れを使っています。煤の掃除を続けてください。ただし、休みも取ってください。


 書き終えると、グレン様が向かいの席で何かを考えていた。


「どうしました」


「聖女セリナは、王太子と距離を置き始めているのか」


「そう見えます」


「殿下は荒れるな」


「荒れるでしょうね」


 殿下は、自分の周りにいる人や物が、自分の思い通りに動くことを当然だと思っていた。


 寝台が断り、聖女が自分の意見を持ち、王宮管理局が監査を始める。


 その現実を受け止められるかどうか。


 わたしには分からない。


 ただ、もうわたしが殿下の機嫌を取る必要はない。


 それは、とても大きな変化だった。


 その夜、黒森の見張り台から報告が入った。


 小型魔獣の群れが、森の浅いところに出ている。


 通常なら騎士団が対処する規模だが、最近の魔獣は動きが妙だという。


「食堂と寝台の整備で兵の状態は上がっている」


 グレン様は地図を広げた。


「だが、まだ砦全体は本調子ではない。門の精霊が姿を見せないのも気になる」


「門は、何かを怖がっています」


「魔獣か」


「たぶん、それだけではありません」


 砦の門は、外敵を防ぐ場所だ。


 しかし同時に、味方を迎える場所でもある。


 その門が沈黙している理由。


 わたしは、マルタさんの死と関係があるのではないかと思っていた。


「明日、門を見ます」


「危険なら私も行く」


「門の前です。砦の中ですよ」


「あなたは、砦の中でも危険な場所を見つける」


 返す言葉がなかった。


 グレン様は少しだけ笑った。


「だから、私も行く」


 その言葉に、胸の奥がまた温かくなる。


 守られることに慣れていないわたしは、まだその温かさの扱い方を知らなかった。



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