八話
「一益。俺は田が見たいと言ったぞ」
「これが田ですぞ」
俺の眼前には水を張った中から無造作に草がボーボー生えている一画があるだけ。
これが田だと言うのか? このちょっとした溜池にしか見えないここが…冗談だろ。一益は全然変に感じている様子ではない。これが田の姿としては当たり前ということか。
日本全国に農地改革が広がるのは明治以降。
戦国時代の稲作に過度な期待はしていなかったが、これは流石に酷いぞ。
「一益は農作業に詳しいか」
「生憎と。村より詳しい者を連れて参りましょう」
半刻もしないうちに白髪交じりの初老の男を連れて一益が戻ってきた。どうやら男はこの集落の長らしい。
長から稲作の方法や一年の流れを聞き、俺の知る限りの稲作の知識をぶつけてみたところ…
あかん。これ、幼稚園児の畑の授業の方がまだマシなレベルだ。
長たちは前年の籾殻をそのまま水を張った田に適当に捲き、そのまま放置してたまに雑草を引き、秋に収穫するというサイクルらしい。これは畑で野菜を育てる時もだいたい同じらしい。
正直、よくこれで暮らしているなって思う。年貢だってあるし、まともな食事できてないんじゃないか?
昔の日本人は背も低くて平均寿命も短かったけど、この食糧事情じゃ納得だよ。
俺はすぐさま城に帰り父上に農業の改革を申し出たが、許可は出なかった。俺の世迷い言に貸せる無駄な田などないらしい。どうしてもやりたいなら自分で百姓を説得しろなどといって来た。しかも説得できたとしても、年貢の率は変えないというからあの髭親父の正体は鬼か何かに違いない。
結局先ほどの集落に戻り俺に付き合ってくれる者はいないか聞いて回ることになった。
しかし、誰もまともに話など聞いてくれない。そりゃそうだ。誰が5つの鼻たれ小僧の言葉に耳を課す。
俺が織田信秀の息子と知れれば話を聞いてくれる者も出てくるだろうが、それは父上により禁じられていた。道楽(少なくとも父上の目にはそう映っている)は許すが、家の迷惑や織田の名を汚すのは許さないらしい。
一益が監視役だからこっそり教えるのも難しい。
ええい、ままならん!
「うちは無理だけど、太助のとこなら聞いてくれるんでねか」
断られ続ける中、可能性のありそうな者の情報が手に入った。
なんでも村の外れにある太助という者なら話を聞いてくれるかもしれないらしい。
藁にもすがる思いだ。太助に掛けるしかない!




