三話
「三十郎が?」
織田弾正忠家当主織田信秀は側近の平手政秀からの言葉に思わず聞き返した。
家臣の言葉を聞き返すなど聡明な信秀にしてはかなり珍しく、長い付き合いである政秀でも見慣れたものではなかった。
「はい。なにやら字が書ける者と他国の事情に明るい者を探されておられるようでして」
「他国の、というのは児戯の好奇心とも見えるが…字が書ける者と言うのは気になるな」
嫡子でも嫡男でもない三十郎には齢5つながら傅役はいない。乳兄弟として兼松と小出という家の子息を傍に使えさせているが、さすがに同年代の童では字を書くことなど難しいだろう。
「ふむ…三十郎にも傅役をつけるか」
傅役とは当主が子の補佐役として付ける家臣のことであり、教育係兼お目付け役である。
信秀の子は現在4人おり、元服していない子は3人いるが、嫡子である吉法師にしか傅役はいない。
その下の勘十郎と三十郎に傅役を付けていないが、三十郎につけていない理由は単純に幼い故に要らぬものと判断していたからだった。
「それがよろしいかと。しかし、そうなると勘十郎さまにも傅役をつけるが上策と存じます」
「で、あるな」
信秀は頭の中で誰を傅役に付けるべきか考えを巡らす。
元より勘十郎は傅役をつけてもおかしくない年齢に達している。
傅役をつけていなかったのは、傅役をつけることによって勘十郎を担ぎ出そうとする勢力を抑えるためであった。
嫡子である吉法師はかなり奔放な傾奇者で知られており、家中の者の中には弟である勘十郎の方が世継ぎにはふさわしいと考える者も少なくない。下手な者を傅役に着けてしまえば、お家騒動にも繋がりかねないのだ。
(わしの子にしては随分と気性の大人しい勘十郎の傅役ならば、それなりに剛の者がいい。林は駄目だな。奴は吉法師を軽んじておるし武も劣る。そうなれば佐久間か? 信盛は兎も角、忠義者の盛重ならば勘十郎を唆す者にも目を光らせることが出来るかもしれん…)
一方の三十郎に誰をつけるべきか。
それを考えるためにも三十郎の思惑を知る必要があると信秀は考えていた。




