見つめられると
お題「見つめられると」
『引き返すなら、まだ間に合います。』
歩道の隅、誰が据え付けたかも分からない立て看板には、黄色い文字で書かれた警告と思しき一文が書かれている。
しかし、その程度では侵入者の足を止めるには至らない。
山間にぽっかりと口を開けた、いまや使われなくなった旧トンネルの前に、その者は立っていた。
落盤事故でもあったのか、土砂や瓦礫のようなものが運び出された形跡がそこかしこに散見される。
警告色のテープが何重にも行く手を遮り、まるで異界との境界としての機能でも持っているかのように錯覚する。
これから起こることに軽く唾を飲み込むと、導かれるようにして中へと歩を進める。
砂利を擦るようにして歩く音は、何処までも続く暗い闇の中に吸い込まれ、小さく反響した。
一歩前に進む度に、呼吸が重苦しくなっていくように錯覚する。
実際、事故の影響で奥に行くほど酸素濃度が落ちている可能性もあるが、それは計測器のない現状では分からない。
いくらも歩かない内に、最奥へと辿り着いた。
そこには、落盤事故の被害者に手向けられたものか、幾つか献花されている。
その中に、一際、目を引かれる物がある。
お供え物かなのか『おはぎ』がそこにあった。
特別珍しいものでも、高価なものでもないそれから、何故か目が離せない。
ゆっくりとそこに近づき、しゃがみ込んで、手に取ってみる。
ほのかに熱を持っており、甘いあんこの匂いが鼻腔をくすぐって、つい今しがた作られたばかりのように感じられる。
それを『貴方』は、口にした。
空のままの胃袋にすぐにでも仕事を与えたがるかのように、貪る。
一口食らう度に、トンネル内の闇が深くなる。
一口食らう度に、熱をもつはずの身体は徐々に冷え切っていく。
一口食らう度に、『貴方』は『貴方』で無くなっていく。
全てを平らげた時、そこは地獄の釜の底だと思い出す。
だから、最初に『言った』のに。
地獄の釜に、火がついた。
見つめ続けてる貴方の最期には、きっとそれこそ相応しい。




