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ないものねだり
分厚く切られた豪華なステーキや、海の幸をふんだんに使った盛り合わせ。
それらを見ても心が動かなくなったのは、果たしていつ頃くらいだったろうか。
自身の苦労を知らない綺麗な指を見つめ、飾られた絵画に映る父の指先と見比べて溜息をこぼす。
父は一代で財を築き上げた偉人だ。
だが、その偉人にも子育てというものには全く太刀打ち出来なかったと結論づけざるを得ない。
蝶よ花よと育てられた私は、気づけば汚れを知らない手のままに大人への階段を登ってしまった。
金さえあれば幸せになれるなんていうのは全くの嘘偽りだと再び深いため息をつく。
本も、道具も、機械もなんだって手に入ったが、選択肢が無限にあるほど一つ一つに触れられる時間は短くなる。
どんな事でも出来るということは、管理する事が出来なければ何も出来なくなるのと同義なのだ。
私にはその管理する力が欠如していた。
結果、私は持つものでありながら、持たざるものと本質的に何も変わらない者と成り果ててしまった。
故に、私は思う。どうか来世は、持たざるものであれと。




