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『【実録】浪人生の僕と26歳の担任。~腕時計を交換したあの日から、僕たちは終わるために恋をした~』  作者: マサキ


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第17話:エスカレーターの終焉

第17話:エスカレーターの終焉


 「距離を置こう」という、僕の心臓を直接凍てつかせるようなユキさんのあまりにも冷徹な宣告を受けてからの最初の一週間、僕は地獄の底で、自分自身の不甲斐なさと、狂おしいほどの寂寥感に身を焼き尽くされ、精神が摩耗していくのをただ耐えることしかできなかった。彼女に嫌われたくない、これ以上見捨てられたくないという、もはや本能的な恐怖に近い一心で、僕はこれまで肌身離さず持ち歩いていた携帯電話をカバンの奥深くに封印し、まるで自分自身を痛めつける苦行のようにして、朝から晩まで予備校の自習室にある硬いパイプ椅子に身体を縛り付け、インクの出が悪くなったペンをひたすら走らせ続けた。

 

 けれど、そんな付け焼き刃の薄っぺらな決意は、脆くも崩れ去る運命にあった。勉強に集中しようとすればするほど、ふとした瞬間に彼女の髪の香りが鼻先を掠めるような強烈な錯覚に襲われ、解いているはずの複雑な数式や構造式が、いつの間にか彼女への謝罪の言葉や後悔の念へとすり替わっていく。一週間という短い時間は、十九歳を目前にした未熟な僕にとって、一世紀にも匹敵するほどの永劫な孤独であり、あまりにも残酷な空白だったのだ。我慢の限界は、冬の冷たい雨が静かに降り始めた土曜日の午後に、不意に訪れた。

 

 僕は震える指先で携帯の封印を解き、センター問い合わせを何度も繰り返す重度の依存症患者のような手つきで、彼女に震える文字でメールを送りつけた。返信を待つ数分間が、鋭利な刃物で皮膚をゆっくりとなぞられるような、耐え難い苦痛を伴う。ようやく返ってきた彼女からの返信は、僕の淡い予想を無残に裏切り、彼女が今、街の華やかなデパートで買い物を楽しんでいるという、あまりにも日常的で、そして僕との絶望的な温度差を痛感させる非情なものだった。

 

 僕は居ても立ってもいられず、自習室に残した荷物を放り出すようにして駅へと走り、彼女がいるというその巨大な商業施設へと向かった。華やかなクリスマスの装飾が施され、幸福そうな家族連れや恋人たちが溢れかえるデパートの狂騒。その極彩色に彩られた眩しすぎる空間は、灰色に塗り潰された僕の精神を、容赦なく抉り取っていくようだった。人混みをかき分け、エスカレーターを昇る大勢の背中の中に、僕はついに彼女の後ろ姿を見つけた。

 

 凛とした背筋、整えられた美しい髪、そして僕の知らない、どこか遠い世界を一人で凛々しく歩いているかのような、大人の女性としての佇まい。僕は吸い寄せられるように、彼女の数段後ろからエスカレーターに飛び乗った。

 

「ユキさん……っ!」

 

 喉の奥から絞り出すようにして声を上げた。上へと静かに運ばれていく動く階段の上で、彼女はゆっくりと、けれどどこか重苦しい諦念を湛えた仕草で、こちらを振り返った。

 

「……ダイスケくん。どうして、ここに来たの」

 

 その声は、かつて僕の耳元で甘く熱く囁いたあの温度を、ひとかけらも残していなかった。僕は必死に、周囲の好奇の目も憚らずに、彼女に縋り付くようにして懇願した。

「ごめん、本当にごめん。もう二度とわがままは言わない、ちゃんとするから。だから、前みたいに週末は会ってほしい。またあの部屋で……今まで通りに、僕を迎え入れてほしいんだ」

 

 縋り付くような僕の言葉を聞きながら、ユキさんは深く、深く、胸の奥底にある最後の希望を吐き出すかのような溜息を漏らした。その瞳には、かつてのような僕を哀れむ光さえも消え失せ、ただただ、どうしようもないほどの「疲労」と、埋めようのない「絶望」が淀んでいた。

 

「ダイスケくん。あなたは、本当になんにも分かっていないね」

 

 エスカレーターが、一歩ずつ、終わりへと向かって二人を無情に運んでいく。

 

「私は、あなたに合格してほしかった。私への依存じゃなくて、あなた自身の足で立って、強くなってほしかった。でも、あなたは結局こうして、自分のことしか考えていない。私の今の気持ちや、私がどれだけあなたに傷つけられたかを、一度でも想像してくれた?」

 

「それは……っ、好きだから。ユキさんのことが、死ぬほど好きでたまらないからなんだよ!」

 

 僕がなりふり構わず放った「好き」という言葉は、今の彼女にとっては、もはや愛の告白などではなく、自分を縛り付ける呪いの言葉でしかなかった。エスカレーターが最上階に辿り着き、平らな床へと足を踏み出す直前。ユキさんは、僕の目を真っ直ぐに見据え、この世界で最も残酷で、最も明確な、決定的な一線を、僕たちの間に引き下ろした。

 

「別れましょう、ダイスケくん。……もう、これ以上は無理だよ」

 

 そのたった五文字が、耳の奥で爆ぜた。僕は凍りついたまま、床へと吐き出された。

「待って、嘘だろ? 嫌だ、別れたくない! 考え直して、お願いだから、何でもするから……!」

 

 僕は必死に彼女の腕を掴もうとした。けれど、彼女の決心は、冬の夜空に輝くダイヤモンドのように硬く、冷たく、決して揺らぐことはなかった。彼女は僕の手を静かに、けれど強い力で振り払い、一度も振り返ることなく、華やかなクリスマスの人混みの中へと消えていった。

 

 デパートのBGMが、僕の絶望を嘲笑うかのように鳴り響いている。僕は、足元の感触さえも分からなくなり、その場に崩れ落ちそうになった。あの日、花火の下で交わした誓い。彼女の部屋で共有した、あの熱く濃密な夜。すべては、僕の幼稚なエゴによって、木っ端微塵に砕け散ったのだ。

 

 僕たちの物語は、このエスカレーターの終着点と共に、二度と戻ることのない完全な破局へと、その幕を静かに下ろそうとしていた。追いかけようとする足は鉛のように重く、僕はただ、彼女が消えていった虚空を、涙で滲む視界の端で追い続けることしかできなかった。


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