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あの騒動で馬に大分負担をかけたので予定より早めに、ゆっくりと昼休憩をとった。今は村の傍でおつかいに行ったラウロとジャネットを待っている。
近くに湖があるので魚があるだろうと買い求めに行ったのだ。日持ちのする野菜や干し肉は馬車に積んであるし狩人達が仕留めた肉もある。でも、魚も美味しい。
そうこうするうちに二人が村の入口から出て来た。大きな籠を抱えているので成果は上々のようだ。
村では魚の他に、なんとハピスの肉も手に入った。はぐれた個体を見つけると村人総出で狩るらしい。たまたま昨日その一大イベントがあったとかで、タイミングが良かったのか悪かったのか。
微妙な気分になるが、美味しいと聞いて気にはなっていたし。お肉に罪は無い。
夕方に予定通り野営地に着いた。疎らに木が生えた場所で、この先しばらく行くと森になる。
「そういえばさぁ、リーンは前に住んでた村からマルツ村に来たんでしょ?その時は野営とかしなかったの?」
焚き木になる枝を拾いながらケネスがふと尋ねる。
「おじさんとの旅は荷馬車をかりて、村から村にいどうする感じ。村では納屋でねさせてもらったし、外でやえいは無かったよ」
枝を探してうろちょろしながら答える。伯父さん元気だろうか。最後に見た申し訳なさそうな顔が思い浮かんだ。
「二人で野営はねえだろ」
周囲を警戒しながらセオも会話に加わる。
「だよねぇ。あーでもウォードさんなら」
「………親父と、こいつ?」
「………………ウォードさんが捕まるねぇ」
「え。なんで」
突然想像の中の友人の父親が捕まったらしい。なぜ。
友人達曰く、どっからどう見ても攫ってきたようにしか見えないから、らしい。実の息子にまでそう言われるというのはどうなんだろう。
この旅も三日目の終わりを迎えるが、実はセオの父ウォードとはあまり話は出来ていない。理由は単純にウォードが馬車の中に入らないからだ。
彼はその顔面と強者感溢れる雰囲気で野盗避けの役割を担っていて、交代時も御者台に座る。その効果が出ているのか野盗にはまだ出くわしていない。
今日は少しぐらいは話す機会があるだろうか、と楽しみに思いながらテントを設置している面々に視線を向けた。
「ほ〜れチビ共、肉食え肉。魚も。たんと食ってでっかくなんな」
ジャネットがガハガハ笑って肉や魚を次々と皿に入れてくれる。全部は無理そうなので両隣の二人の皿にこっそりいくつか移動させながら例のお肉に齧り付いた。
途端に肉汁がジュワッと出てきて驚く。ちょっとクセがあるが、揉みこんである薬草の香りと相まって後を引く風味になっている。そして噛むと口の中で簡単にホロホロと崩れていく柔らかさ。なんだこれ。美味しい。
「美味いか」
向かい側のウォードの言葉に、もぐもぐしながらうんうん頷く。村人総出で狩りに行くだけのことはある。
「うっわ、美味しい。なにこれ美味しい」
「………うめえ」
「初めて食べたな。これは美味しいね」
「味も食感も面白いですな。癖になりそうです」
それぞれに舌鼓を打ち感嘆の声を上げている。キャシーは無言でもぐもぐしているのでよっぽど気に入ったらしい。
「これがアタシらが狩った獲物だったら大威張り出来たんだがねぇ」
そう言いながら炙った魚の干物をヒョイと口に入れ、これもいけると目を輝かせるジャネット。
「帰りにゃ是非とも仕留めてぇとこだがなぁ」
「はぐれが出るかは運だろう」
「だーなぁ。教会の神さんにでも祈っとくか?」
「そりゃあいいね!こんな時こそ神頼みだろ」
狩人の3人も陽気に笑いながら美味しそうに食べている。どうやら帰りにはぐれが居たら狩ってくれるらしい。
僕も教会でお願いしよう、と教会関係者に怒られそうな事を心に決める。
「リーン」
「うん?」
「楽しいか?」
「うん」
斜め右に座るドランからの問いに満面の笑みで答え、その顔を見たドランも嬉しそうに笑う。焚き火に照らされた周囲を見渡すと皆笑っている。
いつか、伯父さんにまた会えたらありがとうって言おう。そう思いながらセオが差し出す魚の干物にパクリと食い付いた。あ、いける。
夜はテントと馬車に別れて寝る。ドランとキャシーとイワンが馬車で寝て、三人と狩人達がテントだ。狩人三人が交代で夜番をしてくれるらしい。
「馬車のが寝心地良いってぇのに。物好きなこった」
ラウロが一塊になって寝っ転がる三人を見て、呆れたように笑う。
大きなクマが、主人の息子をテントに寝せて自分が馬車で寝るのに最後まで抵抗していた。最終的にキラキラした六つの瞳に押し切られたが。
「ふふふ。いいの」
「あ〜リーン温かぁ。ポカポカ…」
「ふぁ…………ねみい。寝るぞ」
瞬時に寝たのが一人。湯たんぽ代わりのチビにしがみついて、もう寝そうなのが一人。羽交い締めにされてニコニコしてんのが一人。……まあ、良いならいいか。
「明日も一日移動なんだ。ゆっくり休みな」
ジャネットの珍しく囁くような優しい声にはあいと返事を返し、目を瞑って夢の世界に旅立った。