24
ざわざわと風に騒ぐ木の葉の音。ホウホウという梟の鳴き声。パチパチと焚き火のはぜる音に微かな話し声。
夢うつつにぼんやり聞いていると、バサリとすぐそばから重い布を動かすような音。
「……寝ぼけてんのか?まだ朝じゃない。寝ろ」
低い静かな声と共に大きなゴツゴツした手で瞼をそっと下ろされる。
(そっかぁ。じゃあ、もう少しヌクヌクしてよう)
安心して、なんでかすごく暖かい毛布を不思議に思いながら目を瞑った。
パチリと目が覚める。体が動かないと一瞬パニックになりかけたが、両側からぎゅうぎゅう締められていただけだった。
暑い。
「…あ?……おはよう。」
「うん。おはよう」
自分に絡まる二人分の腕や脚と必死に格闘していると、相変わらず寝起きのいいセオが起きた。ケネスは「うぅー……」と唸って毛布を巻き取りながら向こうに転がって行く。
やっと自由になりホッとして起き上がると、横から褐色の腕が伸びてきてサラリと前髪を掬った。
「なんで朝から汗かいてんだ」
誰のせいだ。
ケネスをどうにかこうにか、最後には結局セオの力技で起こしてテントを出ると、大人達はもう皆起きていた。キャシーはドランの膝の上で丸まっている。
「おはよう。水を汲んであるから、焚き火の前で体を拭くといいよ」
ドランの言葉に周囲を見回すと、焚き火の近くに水の入った桶と布が置いてあった。イワンが焚き火にかけられた薬缶から桶に湯を足してくれて湯気が上がる。有り難い。
三人で寒い寒いと騒ぎながら服を脱いで体を拭く。
夏場なら川に入って丸ごと洗った方が楽だろうが、今の時期の早朝はまだ肌寒いので拭くだけだ。今日の夜は大きな村で宿屋に泊まるらしいので、髪を洗えるだろう。
身支度を整えると食事の用意も出来たらしい。今朝は平べったいパンに焼いた肉を挟んだ物だ。昨日の村で丁度パンを焼く日だったので柔らかいパンが買えた。本当に色々とタイミングが良かった。
大きなパンに悪戦苦闘して、口をつけた逆側からボロボロ肉をこぼす。
「あーあー落ちてる。落ちてるって」
「おい貸せ。ほら、口開けろ」
「……………」
なんで皆そのまま食べれるんだろう。雛鳥のように口を開けて、ちぎったパンを放り込まれてもぐもぐ咀嚼する。チラリとキャシーの方に視線をやるとドランの膝の上で全く同じ状態。目が合うと嬉しそうに笑う。
「おにーちゃんとキャシー、いっしょね」
もうちょっと、ちゃんとしっかりしよう。
どんどんと木の密度が増し森と呼べるような景色になっていく。そのまま休憩を入れながら半日進むと唐突に森が終わり、大きな街道に合流した。ここからは道を外れない限りはあまり獣も魔物も出ないらしい。
森を抜ける前に緑色の小さな人型の魔物に集団で襲われたが、ラウロが矢継ぎ早に三匹いっぺんに仕留めるとあっという間に逃げて行った。ゴブリンという魔物で、相手が強いと思うとすぐ逃げるから最初にぶちかませ、だそうだ。
道中それ以外は特に何事もなく進み、予定より随分と早い時間にギールのひとつ手前の村に着いた。
「わぁ、大きいねぇ」
「これで街じゃないんだ。え、街ってどんだけでかいの?」
「石壁だ」
セオの言葉通り、マルツ村やこれまで通って来た村と違って石を積み上げた壁で村を囲っている。高さはセオの二倍ぐらい。立派だ。門というか、石壁が途切れている場所で銅貨を払い村の中に入った。
村の中は人がたくさん行き交い、建物も石で出来ている物が多く立派だった。地面も南から北に抜ける一本道は石畳だ。これで村だと言うのだから、街とはどれ程立派なのか。
そして馬車は大きな三階建ての建物の前で止まり、イワンが中に入って行く。
「今夜はここに泊まるよ」
「大きい」
「そうだね。馬車を預かってくれるのはここだけなんだ」
イワンが戻り馬車を降りた。食事は宿の一階で食べるので、それまでゆっくり休もうと言われ部屋へ向かう。
二人部屋にベッドを一つずつ足してそれぞれ三人で使うらしい。大部屋は見知らぬ人と一緒になるし、家族用の部屋は埋まってしまっていたからだ。リーン達はいつもの三人。隣がドランとキャシーとイワン、向かい側が狩人三人の部屋だと教えられた。
「なんか、もう都会っぽいねぇ」
「うん。すごい」
「おいこれガラスだぞ」
部屋に入り中をキョロキョロと見回す。
ベッドは藁ではなく木に分厚い布が敷いてある。ターナー家のベッドよりは粗末だが充分立派だ。そしてセオの言うように、部屋に一つある窓には半透明のガラスが嵌っていた。
ベッドと棚、小さなテーブルと椅子しかない狭い部屋だが、なんだかすごく特別に思える。
すぐにキャシーの突撃を受け、浴室が空いたから湯を浴びておいでと言われるまでワイワイと賑やかに過ごした。
浴室は魔道具で湯が出るようになっているらしく、全く想像のつかない三人はラウロに同行してもらい湯を浴びた。
ここでまたもや大騒ぎ。マルツ村にある風呂屋は蒸し風呂なので、頭上から温かい湯が雨のように降り注ぐなんて思わなかったのだ。
さっぱりして部屋に戻り髪が乾く頃には日が落ちてきていい時間になっていた。この村に着いてから驚きの連続だ。
三人は夕食について、都会の人らは豚の頭を食卓に飾るんだとか、いやいや肉は食わないらしいぞとか、本当か嘘か分からない話で盛り上がる。
その話の真偽はもう間もなく判明するだろう。




