精霊使いと風の国・4
城の中庭に豪快に着地したノエルは、身体の半分ほどが土に埋まっていたが案の定無傷であった。風霊に護られながら着地したサラとは天と地の差である。この世界の精霊たちは一方的にノエルのことを護るが、その加護は精霊たちが周囲にいるときだけだ。今回のようにその大多数が他の対象に惹きつけられている場合はうまく機能しないこともある。
「土の精霊たちありがとな」
ノエルは土の中から這い出ながら感謝を述べた。風霊が足りない分、地霊が土壌を変化させてノエルを受け止めたのである。ノエルは柔らかくなった地面を元に戻すと、サラの方を向いて問いかけた。
「ここがサラの住んでる城か?」
「はい。わたしが生まれ育った城です」
塀に囲まれてはいるものの陽当たりは良く、草木はさっぱりと手入れされている。どこか暖かい雰囲気は、この国の豊かさを示していた。
「まずはお父様に報告を。それから、エルトさんと合流しましょう」
サラは迷いのない足取りで中庭を抜けると、近くの衛兵に声を掛けて振り向いた。
「こんな形で申し訳ありませんが……ようこそ、風の国シルフェリアへ」
サラは優雅にお辞儀をすると、ノエルに歓迎の意を示した。
煉瓦造りの建物の中はどこも天井が高く、歩くたびに足音が反響する造りになっていた。風霊が行き来するには都合が良さそうだ。城と聞くともっと豪奢な調度品が設られているのだろうとノエルは想像していたが、シルフェリアの城はどちらかというと質素な方だった。
「謁見の間ではなく、王の私室に行きます」
サラは廊下に控えていた侍女にマントとリュックを渡すと、少し髪を整えてから王の私室の扉の前に立った。すると扉が内側から開き、部屋の奥には国王ウェントゥスが佇んでいた。
「失礼いたします」
サラが入室するのに続いてノエルも入室すると、音を立てて扉が閉められた。
「ようこそ、風の国シルフェリアへ。大まかな事情は聞いている。娘が世話になった。私はウェントゥス、サラの父だ。ここでの会話はサラの父としてのものだ、気を楽にしてほしい」
ウェントゥスは深緑色の髪に黒曜石の瞳を持つ壮年の男だ。一見厳しそうな眼差しの奥には優しさが秘められており、よく通る低い声は威厳に満ちていた。
「おれはノエル。ノエラルド・ユラシル。旅をしている精霊使いです」
ノエルは自己紹介を済ませると、まっすぐにウェントゥスの眼を見た。上位精霊と契約をしているだけあって、その瞳は澄んでいた。
「お父様、サラは無事に〈風の王〉と契約を済ませて参りました」
「うん。お疲れさまだったね、サラ」
「ですが、道中で得た友人が負傷し、城に運ばれています。お話したいことは沢山あるのですが、まずは彼の安否を確認させてください」
「彼は今、治癒師に治療させている。顔を見せて安心させてあげなさい」
「はい……!」
部屋を飛び出すサラに続いて、ノエルも一礼し部屋を出ようとしたところでウェントゥスに呼び止められた。
「精霊使い殿。あなたから見て、この国はどう映りましたか?」
「……良い風が吹いてると思います」
「ありがとう。引き止めて悪かったね」
ノエルは王の私室を後にすると、サラと共にエルトの運ばれた部屋へと向かった。
治癒師とは、ヒトへの治療を行う際に魔術を用いる者の総称だ。薬や手技を用いて治療を行う医師と比べ、その数は極めて少ない。生まれ持った才能でしか扱えない魔術への適性が必要になるからだ。治癒の魔術は大きく分けて〈促進〉〈復元〉〈遡行〉の三系統に分けられる。その中で、この城に所属している治癒師は〈復元〉系統の使い手だった。
〈復元〉系統魔術は、簡単に言えば『魂の形に肉体を合わせる』である。ヒトの姿を真に形作るのは魂であり、肉体はそれに引っ張られるという理に基づく。仮に片腕が切り落とされたとしても、傷付いたのは肉体であり魂ではない。故に、適切に〈復元〉系統魔術を使用すれば片腕は再生をする。ただし、長い年月を経て片腕がない状態で魂が定着してしまえば〈復元〉系統魔術をかけても効果はない、といった具合だ。
医務室の数ある寝台の一つに運び込まれたエルトは、治癒師の手によって速やかに治療が行われた。詠唱と共に淡い緑色の光に包まれると頭部の外傷はみるみる塞がり、土気色だった顔色も戻ってきた。まだ意識の戻らないエルトの脈を測り、治癒師は涼やかな声で告げた。
「これでもう大丈夫でしょう」
白衣に身を包んだ治癒師は長い裾を翻して奥にある寝台へと移動する。この国でただ一人の治癒師ラムレットは、三十半ばの細身の男だ。柳色のくるくるとした髪の毛がどこか羊を思わせる、いつも眠そうな表情をした腕利きの治癒師である。彼は慢性的な人手不足からくる過労を少しでも軽減するために寝台のひとつを私物化しながら勤務にあたっていた。
「それでは、急患が来るまで寝ますので何かあったら起こしてください……」
ラムレットは私物の枕に埋もれて愛用のアイマスクを目元に着けると、すぐにいびきをかいて寝始めた。
「相変わらず、治癒師殿はお忙しいようだ」
勿論、ラムレットにはシオドアも何度も世話になっている。シオドアはラムレットを起こさないよう物音ひとつ立てずにエルトのそばまでいくと、壁にもたれかかって目を閉じた。
「医務室はいろんなひとが寝てますから、静かにしてくださいね。室長のラムレットさんは怒ると怖いんです」
「わかった」
医務室の扉の前に到着したサラとノエルは、部屋に入る前の注意事項をヒソヒソ声で確認していた。
「失礼します」
「意外と広いんだな」
医務室は城の正面玄関から入ってすぐ左手にある、広くて陽当たりの良い部屋だった。入ると消毒薬の独特な匂いが鼻腔をくすぐり、背筋を伸ばさせた。並べられた寝台は十数台といったところだろうか。そのひとつにエルトが寝かされていた。
「エルトさん、まだ寝てますね」
「そうみたいだな」
周囲を見回すと、他の寝台は一つを除いて空だった。
「一番向こうで寝ているのが、治癒師のラムレットさんです。起こさないように気を付けて」
サラの忠告にノエルは頷くと、エルトの方を見た。まだ頭に血の汚れはついているが、顔色が戻っていて安心した。ふと傍に佇んでいるシオドアと目が合い会釈をする。
「ありがとうな、……シオちゃん?」
「シオドアとお呼びください」
「じゃあ、シオドア。エルトの容態はどうなんだ?」
「治癒師殿の見立てではもう大丈夫だ、と。あとは自然に目が覚めるのを待つだけです」
「そっか。治癒師って初めてなんだけど、すごいんだなー」
ノエルは奥の寝台で眠っているラムレットの方を見ながらしみじみと呟いた。
(おかげでエルトに最終手段を使わずに済んだ)
ノエルは治癒の魔術は使えないが、それに似た方法なら使うことができた。だがそれはかなり不安定でリスクも大きいため、できる限り避けたい手段でもあった。今回のように精霊たちが大騒ぎをしていない程度の怪我なら、ヒトが持つ治療技術に委ねるに越したことはない。
(おれはこういうのと縁がないからなあ……)
天窓から暖かな陽射しが差し込むのに眠気を誘われ、ノエルは空いている寝台に座り込む。
「あの、良かったらノエルさんも少し休んでください。わたしがエルトさんを見てますから」
「うん……起きたら起こして……」
ノエルは遠慮なく寝台に横になると目を瞑った。風霊の歌うような声に満ちたこの城は、どこか懐かしく居心地が良い。彼のゆっくりとした呼吸が寝息に変わるまで、あまり時間はかからなかった。
* * *
エルトは夢を見ていた。銀色の葉の大樹の下で初めて笛を教わった時の夢だ。夢の中のその人物は藤色の瞳に長い銀の髪をしたエルフで、どこか雰囲気がエルトに似ていた。
(兄さん……)
名前を呼ぼうとしてもそれが何なのか思い出せず、エルトは夢と現の狭間で何かを掴むように腕を前に伸ばした。
「……兄さんっ!」
エルトは自分の叫び声で目を覚ました。見覚えのない天井に戸惑っていると、サラが控えめに覗き込んできてエルトに声をかけた。
「エルトさん、大丈夫ですか?」
「サラ、さん……ここは?」
「ここはシルフェリアの城、わたしの家です。エルトさんは風の神殿で意識を失って、ここに運び込みました。治癒師が治療してくれたので、もう大丈夫ですよ」
サラは事情を簡単に説明すると、エルトの手を握って涙を浮かべた。
「良かった……心配したんですよ」
「ありがとう」
エルトはサラに微笑みかけると、そっと上体を起こして周囲を見回した。すぐ隣の寝台でノエルが眠っているのが見えて、肩をすくめて小さく笑った。
「ノエル、起きろ。ここ昼寝していい場所じゃないだろ」
真っ白に統一された調度品は、ここがただの部屋でないことを示している。明らかに治療目的の造りをしている部屋で昼寝をしているノエルの豪胆さに、エルトは頭を抱えた。
「あー……? おはようエルト」
ノエルはぱちぱちと瞬きをすると眠気を振り払うように伸びをする。二人は寝台から降りると、屈伸をして体をほぐした。
「治癒師はすごいな、痛みが全部消えている」
肩を回しながらエルトが呟いた。頭の怪我以外でも強く打った箇所の痛みが完全に引いていた。
「治癒師は全ての怪我を癒すが、万能ではない」
シオドアがぽつりと言った。
「どういうことだ?」
「じきに解る」
「お昼ご飯もまだですし、食堂に移動しましょう」
サラの提案に、エルトは問いかけた。
「治癒師さんにお礼を言いたいんだけど、今はどちらに?」
「必要ない。彼は職務を全うしただけだ」
サラの代わりにシオドアが答えた。
「奥で寝てるのが治癒師のラムレットさんです。けど、急患以外で起こすとすっごい怒るんですよ。何も言わないのが一番のお礼ですから、行きましょう」
「そういうものなのか……?」
いまひとつ納得のいかない様子のエルトに、ノエルは背中を叩いて声をかけた。
「最善は人それぞれだろ。腹減ったし、食堂に行こうぜ!」
「……そうだな」
エルトは部屋を出る際に後ろを振り返ると、深々と一礼をしてから部屋を出た。
穏やかな昼下がり、ラムレットのいびきだけが医務室内に響いていた。
「ここが食堂です。城勤めの方々は、ここで食事をするんですよ」
サラに案内されたのは、大きなテーブルがいくつかの島を作っている形式のそこそこ大きな部屋だった。昼時はとっくに過ぎていたが、交代制で食事をとるため人で賑わっていた。
「では私はこれで失礼します」
「シオちゃんは食べないの?」
「他にも用事があるので……」
シオドアはそう言って姿を消すと、残された三人で近くの席に座った。
「すみませーん、こっち三人です」
サラは手を挙げて給仕の者に伝えると、恰幅の良い中年女性が冷たいお茶を持って現れた。
「姫さま、お友達かい?」
「はい! あ、こちらの方は医務室から出てきたばかりです」
「そうかい、用意しとくよ」
「お願いします、カーサ」
カーサと呼ばれた女性はサラにウインクをすると、厨房へと入っていった。ほどなくして、器に入った具沢山のスープと大きな籠に盛り付けたパンが運ばれてくる。
「今日のランチは豆と野菜たっぷりのスープに焼きたてのパンだよ。腸詰肉も今茹でてるから、先に食べて待ってなね」
「ありがとうございます」
三人は食事の前のお祈りを済ませるとすぐにパンとスープを食べ始めた。早めの朝食以降何も口にしていなかったので空腹だったのだ。
「うまい! サラはいつもここで食べてるのか?」
「ここに来るのはたまにです。いつもはお父様たちと一緒に食べてるから……でも、皆さんと同じものを食べてますよ」
サラはニコニコしながらパンをちぎると、美味しそうに頬張った。
「あの……すまないがおかわりをいただけないだろうか?」
スープの器を空にしたエルトが少し恥ずかしそうに言った。
「もう食ったの⁈」
「なんだか、食べたそばからお腹が空いて……全然足りない」
「はいよ、腸詰肉お待ち! お兄さん良い食べっぷりだね、おかわり持ってくるから少し待ってな!」
カーサは腸詰肉が山盛りの皿をテーブルの中央に置くと、空の器を回収して戻っていった。
「すげえ量……誰が食うの?」
「今の俺なら食べられる……多分……」
「マジで……?」
日頃のエルトの食事量を把握しているノエルは、ぎょっとした表情で彼を見た。エルトは黙々と取り皿に腸詰肉を乗せている。
「治癒師さんの治療を受けるとお腹が空くんですよ」
サラの言葉が真実であることを、エルトは身をもって証明していた。腸詰肉をひたすら口に運び続けている。
「はい、スープのおかわりだよ」
カーサはスープの入った器をエルトの前に置くと、お茶のおかわりも注いでくれた。
「事情はよく知らないけど大変だったんだろう? いっぱい食べて、英気を養っていきな」
「はい、ありがとうございます」
エルトはパンを囓りながら丁寧にお辞儀をした。
「シオドアが言ってたのはこのことか」
ノエルは面白いものを見る目でエルトの食べっぷりを眺めていた。
「治癒の魔術で怪我を治すって、万能じゃないって言ってました。不思議ですねえ」
細い身体のどこに入るのか、普段からは信じられないほどの料理を平らげてエルトはようやく人心地がついた。
「食べ疲れた……」
出された料理の全てを残さず完食して、エルトはお茶を啜った。
「お疲れさま! 面白かったぜ!」
「見せ物じゃないぞ」
「これでもう安心ですね」
両隣から肩を叩かれて、エルトは大きなため息をついた。これだけの料理を食べてしまったのだ、支払い額のことを考えると治った頭が再び痛くなる気がした。
「食事代を支払うよ」
「え? 要りませんよ?」
サラの言葉に拍子抜けしたエルトは、空耳かと思いもう一度聞き返した。
「お代はいただきません。そもそも、わたしが巻き込んでしまったことですから。せめてものお礼に、おもてなしをさせてください」
サラはふんわりと微笑む。
「お食事も終わりましたし、移動しましょう。お父様にもう一度お話しをしないと」
サラは席から立ち上がると厨房に向かって声をかけた。
「ごちそうさまー! 今日のご飯も美味しかったです」
「良かった。いつでもおいで、姫さま」
「はい」
厨房から出てきて片付けを始めたカーサに、ノエル達も声をかけた。
「すっげー美味かった! ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。あの、沢山用意してくださってありがとうございました」
「それは良かった。お兄さん達、この国を楽しんでいっておくれ」
「はい」
三人が食堂を後にすると、目の前にシオドアが現れた。風脈は城の中にも通っていて、自在に行き来ができるらしい。
「サラ様、国王陛下がお呼びです」
「わかりました、謁見の間へ向かいます」
シオドアは先頭を歩いて大きな扉のある部屋の前まで案内すると、衛兵に声をかけた。しばらくして、大きな扉が左右同時に開いていった。
「ノエルさん、エルトさん、気を楽にして。話しかけられた時だけ答えて。怖くないですから」
「めちゃめちゃ緊張する」
「お行儀良くしろよ、ノエル……」
謁見の間は思ったよりも広くなく、一段高い所に位置する玉座がある以外は会議をする部屋、という印象だった。玉座の左右にこの国の高官達が並んで立ちその中央には国王ウェントゥスが座っていた。
サラを先頭に、ノエル、エルトの順で入室すれば扉が閉められ、サラが跪くのに習ってノエル達もその場で跪いた。
「サラよ、そして旅人達よ。此度の遠征ご苦労であった」
国王ウェントゥスは厳かに言った。
「報告は聞いておる。サラは無事に〈風の王〉との契約を結んだ。間違いないな?」
「はい。わたしは〈風の王〉との契約を結び、ここに証を得ました」
サラはそう言って左手の甲にある紋章を示した。
「確かに。契約の印である。今この時よりサラ・アイラ・シルフィードは正式に王位継承権を持つ者となる」
室内に拍手が湧き上がる。国民の多くは、この日をずっと待っていたのだ。拍手をしている者の中には、サラの叔父・ヴァンの姿もあった。
「次期王位継承者として自覚を持ち、より一層励むがよい」
「はい」
国王はサラに微笑むと、次に後ろに控えている二人を見た。
「旅人ノエル、エルト、其方たちにはサラが世話になった。礼を言う。今日は、城でゆっくりとしていきなさい」
「……はい」
「恐れ入ります」
二人はいつも通りの声になるよう努力しながら緊張した声で返事をした。
「客人には部屋を用意させる。皆、失礼のないように。サラ、二人を案内して差し上げなさい」
「承知しました」
「それでは、下がるがよい」
国王のその言葉にサラは立ち上がって一礼すると扉に向かって歩いて行った。ノエルとエルトもサラの真似をして後ろに続くと衛兵によって扉が開かれ、三人は謁見の間を後にした。
「き、緊張した……」
案内された客間のソファにノエルは腰を下ろすと、ぐったりと背もたれにもたれかかった。
「だらしないぞ、ノエル」
ノエルの隣にエルトも腰掛ける。ふわふわの座り心地は旅をしていると基本的に無縁だ。二人はソファの感触を無言で堪能していた。
「サラの父ちゃん、私室で会ったときとは別人みたいだったな」
「謁見の間では国王としてのお仕事モードですし、大臣を始め国政に関わる方々へ周知する目的もありますからどうしても堅苦しくなっちゃうんですよ。お二人ともお疲れさまでした」
小さなテーブルを挟んで向かいのソファにサラも腰を下ろすと、サラ付きの侍女が紅茶を淹れて退室した。そのカップの数は四つ。
「あれ? おれたち三人だけど……」
「……私の分は不要だといつも言っているだろう」
いつの間にかシオドアも部屋の中で佇んでいた。
「これから大切な話をするから、シオちゃんも一緒に聞いてほしいの。一緒に座って、お茶をしましょ!」
「ご命令とあらば……」
「これはね、命令じゃなくてお願いかなあ」
サラはニコニコとしながらシオドアにお茶を勧めた。シオドアは小さくため息をつくと、覆面を引き下げてサラに示された席についた。
「警備上の観点から申し上げるならば、この城にいる限りは安全だ。風霊が悪意に反応するし、シノビも数多く配置されている」
「シオドア以外のシノビ、見かけないけど……?」
「姿を消しているだけで大勢いる。先ほどの食堂にもシノビはいた」
エルトの疑問にシオドアが答えた。
「シノビとはそういうものだ」
シオドアの言葉に、サラがうんうんと頷いた。
「でも、サラの命を狙ったやつがいるんだろ? それって、どうなったんだ?」
「刺客と関係があるとされる大臣のヴァンは国王陛下の双子の弟だ。あの事件は彼とその子息を推す過激派の一派が勝手にやったことだという話になっている。ヴァンの真意がどうであれ、城の中で直接危害を加えてくることはないだろう」
「わたしには、ヴァン叔父様が直接指示をしたとも考えにくいんです。従兄弟王子のノトスだってまだ1歳ですし……」
「どちらにせよ、我々は常に最悪の事態を想定して動く。サラ様が正統な次期王位継承者となったからには、どんな策も意味がないと理解する頭が連中にあれば良いのだが」
「わたしは、ノトスとはケンカしたくないです。だって、かわいいんですよ」
サラとシオドアの言葉を聞いて、ノエルは大体の事情を理解した。当面の危険がないのであれば、それで良かった。ノエルは紅茶を持ち上げると、小声でぽそぽそ呟いてから紅茶に口を付けた。水霊に頼んで冷ましてもらったのである。
「お砂糖もありますから、好きに使ってくださいね」
サラは角砂糖を一つ紅茶に入れてかき混ぜると陶器製のシュガーポットをエルトの方に差し出した。エルトはそこから四つ角砂糖を取り出して紅茶に入れると何食わぬ顔で蓋を閉めた。
「エルトさんは甘いの、お好きですか?」
「ああ……割と好きだな」
「焼き菓子もありますから、遠慮なくどうぞ」
「ありがとう、サラさん」
「シオちゃんの好きな干し杏もあるよ」
「ありがたくいただきます」
四人はしばらく雑談をしながらお茶の時間を楽しんだ。窓から差し込む陽射しは傾き、部屋の奥まで照らすようになってきた。夕方が近いのだ。
「あ、そうだ。夜にはパーティがあるんですけど、お二人も出席してくださいますか?」
「へ? おれたちも?」
「はい。お二人はわたしの恩人ですし、友人としても出席していただけたら嬉しいなあ、なんて」
ノエルとエルトは顔を見合わせて頷いた。
「そういうことなら、ありがたく出席させてもらうよ。お祝いの席なら一人でも多い方が良いんだろう?」
「はい! ありがとうございます」
サラは心の底から嬉しそうに言った。
「そうと決まれば、お二人にはおめかしをしていただきますよ! 城の者に任せれば大丈夫です!」
「おめかし……?」
「はい。特にエルトさんは泥だらけで血の汚れもまだそのままです。……お二人には、お風呂に入ってきていただきます」
「へ? 風呂?」
「その間にお洋服はお預かりして綺麗にお洗濯してからお返しします。……それで良いですか?」
「流石にそこまでしてもらうのは……」
エルトは遠慮しようとしたが、ノエルの方を見れば彼は目をキラキラとさせており、乗り気なのが見てとれた。
「城の風呂……気になる!」
「……お風呂お借りします。よろしくお願いします」
エルトは諦めたようにため息をつくと、深々と頭を下げた。
〈つづく〉




