第6話 水の蝶
ヴィクトール様の弟子になって、半年ほどが過ぎた。
森を走ることも、薪割りも、かなり楽にできるようになった。
魔法の勉強も相変わらず楽しい。
そして。
アレクとも少しずつ話せるようになっていた。
「アレク、おはよう。」
「……おはよう。」
「ここ、どう思う?」
魔法陣のことで尋ねれば、アレクは面倒そうな顔をしながらも答えてくれる。
「ここを変えた方がいい。」
「本当だ……。」
言われた通りに直すと、魔力の流れが綺麗になった。
「ありがとう、アレク。」
「別に。」
そう言いながら、少しだけ得意そうな顔をする。
そんな変化が、私は嬉しかった。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
私は水属性魔法の練習をしていた。
「水をただ出すだけではなく、形を変えてみい。」
ヴィクトール様の言葉を思い出す。
水を操る。
魔力を細かく制御する。
簡単そうに聞こえるけれど、実際には難しい。
何度も失敗した。
形を作ろうとすると崩れる。
集中が切れると、水はただの水になってしまう。
それでも。
何度も繰り返した。
そして。
「……できた。」
手のひらの上に、小さな水の蝶が浮かんでいた。
透明な羽が光を反射している。
「やった……!」
思わず笑顔になる。
◇ ◇ ◇
休憩時間。
その日は珍しく、ヴィクトール邸に公爵家の馬車が来ていた。
「お客様ですか?」
私が尋ねると、ヴィクトール様は短く答える。
「アレクの両親じゃ。」
「え……。」
少し驚いた。
私は邪魔にならないよう、庭の端で本を読みながら待つことにした。
しばらくして、馬車が屋敷を去っていく。
入れ替わるように、アレクが庭へ出てきた。
「アレク!」
声をかけると、いつものように振り向く。
「……なに。」
返事はいつも通り。
でも、どこか元気がない気がした。
……親御さんが帰っちゃったからかな。
少し考えてから、私はぱっと顔を上げる。
「そうだ。ちょっと見てほしいものがあるの。」
アレクは少し不思議そうな顔をする。
「?」
私は手を差し出した。
「水魔法、練習したんだ。」
集中する。
魔力を流す。
すると。
小さな水の蝶が、手のひらから飛び立った。
「……。」
アレクは黙ってそれを見る。
「どう?」
少し緊張しながら聞くと。
「……やるじゃん。」
「え?」
思わず聞き返す。
アレクは少し視線を逸らした。
「ちゃんと形を維持できてる。」
「本当?」
「うん。」
短い言葉。
でも。
アレクが認めてくれたことが、嬉しかった。
すると。
アレクは飛んでいる水の蝶を見る。
「……一匹だけ?」
「え?」
首を傾げる私に、アレクは立ち上がった。
「俺ならもっとできる。」
「え?」
次の瞬間。
アレクの周囲に魔法陣が広がった。
水が集まる。
一つ。
二つ。
十。
二十。
気づけば、庭いっぱいに水の蝶が舞っていた。
「……すごい。」
思わず声が漏れる。
太陽の光を受けて、無数の蝶が輝いている。
アレクは、そんな私の顔を、少し不思議そうに見ていた。
「どう?」
アレクが聞く。
「綺麗。」
迷わず答えた。
「すごく綺麗。」
アレクは少しだけ目を伏せる。
「まあ。」
そしていつものように。
「俺、天才だし。」
そう言った。
でも。
その表情は、いつもより少し嬉しそうだった。
私はふと思った。
アレクは、褒められることには慣れているのかもしれない。
でも。
自分の魔法を見て、誰かが嬉しそうに笑うことには。
慣れていないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
その日から。
水の蝶は、私のお気に入りの魔法になった。




