第5話 風に乗って
ヴィクトール様の弟子になって、四か月ほどが過ぎた。
今日は初めて風魔法を教えてもらった。
「風は押すだけではない。」
ヴィクトール様が杖を軽く振る。
木の葉がふわりと舞い上がり、ゆっくりと元の場所へ落ちていく。
「持ち上げ、運び、止める。」
「その全てができて初めて、風を操ったと言える。」
「はい!」
私は元気よく返事をした。
するとヴィクトール様が家の方を見た。
「ちょっと道具を取ってくる。」
「アレク。」
「ラウラを見ておれ。」
「分かった。」
ヴィクトール様が家へ入っていく。
庭には私とアレクだけが残った。
アレクは木陰へ腰を下ろし、本を開く。
「ちゃんと見ててよ?」
私が言うと、
「見てる。」
短い返事だけ返ってきた。
(よし。)
私は杖を構える。
「まずは少しだけ風を起こして……。」
深呼吸。
落ち葉をふわりと持ち上げるくらいのつもりで魔力を流した。
「えいっ!」
その瞬間。
――ゴォッ!
思った以上に強い風が吹き上がった。
「きゃっ!」
風は私の足元へ集まり、そのまま体を持ち上げる。
「えっ!?」
両足が地面から離れた。
「う、浮いてる!」
最初は少し嬉しかった。
でも。
「……あれ?」
止まらない。
風はどんどん私を押し上げ、そのまま斜面の方へ流していく。
「わっ!」
慌てて魔力を弱めようとする。
でも力を抜けば抜くほど姿勢が崩れ、体はくるくると回り始めた。
「ラウラ!」
アレクが立ち上がる。
「魔力を切るな!」
「で、でも!」
「落ち着け!」
私は必死に頷く。
だけど風は止まらない。
このままでは小川へ落ちてしまう。
その瞬間。
アレクが杖を向ける。
「――止まれ。」
暴れていた風が、一瞬で従順になった。
私を包み込むように風向きが変わり、体はゆっくりと地面へ降ろされる。
ふわり。
私は無事に地面へ降り立った。
「はぁ……。」
力が抜け、その場へ座り込む。
「た、助かった……。」
アレクは大きくため息をついた。
「馬鹿。」
「何で自分を飛ばしてるんだよ。」
「だ、だって浮いちゃったんだもん」
「浮いたら落ちるぞ」
「うっ……。」
私はしょんぼりとうつむく。
せっかく頑張ろうと思ったのに、失敗してしまった。
すると、アレクが小さくため息をついた。
「でも。」
アレクがぽつりと続けた。
「最初にしては悪くなかった。」
私は顔を上げる。
「えっ?」
「魔力はちゃんと乗ってた。」
「あとは制御だけ。」
思ってもいなかった言葉だった。
「……本当?」
「ああ。」
短く頷く。
その言葉だけで、さっきまでの悔しさが少しだけ消えていった。
「ありがとう、アレク!」
思わず笑顔になる。
アレクは照れくさそうに視線を逸らした。
「次は自分を飛ばすなよ。」
「飛ばないもん!」
「さっき飛んでた。」
「それは……。」
言い返せず、私は頬を膨らませる。
そんな私を見て、アレクは小さく笑った。
ちょうどその時。
「戻ったぞ。」
ヴィクトール様が家から出てきた。
庭の様子を見渡し、
「……何があった?」
「ラウラが飛んだ。」
アレクが淡々と答える。
「飛んだんじゃありません!飛ばされたんです!」
私が慌てて訂正すると、
ヴィクトール様は一瞬黙ったあと、
「はっはっは!」
豪快に笑い出した。
「風魔法で自分が飛ぶとは、おもしろいのう!」
「師匠まで!」
顔を真っ赤にする私を見て、
アレクも、ヴィクトール様も笑っていた。
悔しかった。
でも。
(今度はちゃんと制御してみせる。)
私は密かにそう決意した。




