第4話 天才魔導師の秘密
ヴィクトール様の弟子になって、数ヶ月が過ぎた。
週に二回。
私は朝からヴィクトール邸へ通う生活にも慣れてきた。
最初は森を走るだけで息が切れていたけれど、今では少し余裕を持って走れるようになった。
魔法の勉強も楽しい。
新しい魔法陣を覚えるたびに、胸が高鳴る。
でも。
最近、少し気になることがあった。
「アレクは、いつ修行しているんだろう?」
私が来る日は、いつも一緒に勉強をしている。
魔法の練習もする。
けれど、私が帰る頃には、アレクはまだ元気そうな顔をしている。
(私より長く修行しているはずなのに。)
ヴィクトール様と一緒に暮らしているのだから当然だ。
「師匠。」
私は前から気になっていたことを尋ねた。
「アレクは、普段どんな修行をしているんですか?」
「ほう?」
ヴィクトール様が少し目を細める。
「気になるかの。」
「はい。」
私は頷いた。
「私が来る日は、一緒に勉強していますけど……」
「それ以外の時間に、何をしているのか知らなくて。」
ヴィクトール様は少し黙った。
そして。
「なら、次は少し早く来てみたらどうじゃ?」
ヴィクトール様がそう言った。
「え?」
「いつもより一時間ほど早くな。」
「何かあるんですか?」
ヴィクトール様は意味ありげに笑った。
「まあ、見れば分かる。」
私は首を傾げながら、いつもより早い時間にヴィクトール邸へ向かった。
◇ ◇ ◇
森の中の道を歩いていると。
「……え?」
聞こえてきた音に、私は足を止めた。
魔法の音。
でも、いつもの練習とは違う。
空気が震えている。
恐る恐る庭の方を見ると。
そこにはアレクがいた。
「……アレク?」
黒い髪が風になびいている。
その周囲には、いくつもの魔法陣が浮かんでいた。
火。
水。
風。
土。
複数の属性魔法。
それを同時に操っている。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
でも。
次の瞬間。
「まだじゃ。」
ヴィクトール様の声が響いた。
「集中が乱れておる。」
「……分かってる。」
アレクが答える。
「もう一度。」
「はいはい。」
軽い返事。
でも、その表情は真剣だった。
魔法陣が再び展開される。
今度はさらに数が増えた。
「……。」
私は息を呑んだ。
これだけでも、私なら全力を使ってやっと一つ維持できる。
それを、アレクは当たり前のように操っている。
「アレク……すごい。」
思わず呟く。
すると。
「まだ甘い。」
ヴィクトール様が言った。
「魔力量に頼るな。」
「コントロールしろ。」
アレクの額に汗が浮かぶ。
「……っ。」
初めて見る顔だった。
いつもの余裕そうな顔じゃない。
「もう一度。」
「……分かった。」
何度も。
何度も。
失敗して。
それでも続ける。
「……。」
私は言葉を失っていた。
天才だから。
最初からできるのだと思っていた。
でも違った。
アレクは。
誰よりも努力していた。
◇ ◇ ◇
「ラウラ。」
いつの間にか、ヴィクトール様が隣に立っていた。
「驚いたかの。」
私は頷く。
「はい……。」
「アレクは、生まれ持った魔力量だけなら確かに天才じゃ。」
ヴィクトール様は静かに言う。
「じゃが、それを操れないと意味がない」
「……。」
「毎日、誰よりも厳しい修行をしておる。」
私はアレクを見る。
小さな身体で。
まだ七歳なのに。
「……知らなかったです。」
「本人は言わんからの。」
ヴィクトール様は苦笑した。
その言葉に、胸が少し痛くなる。
アレクはいつも言う。
「俺、天才だし。」
でも。
その言葉の裏には。
誰にも見せない努力があった。
◇ ◇ ◇
「……見てたの?」
修行を終えたアレクが、私に気づいた。
「うん。」
私は素直に頷く。
「すごかった。」
「普通。」
いつもの返事。
でも。
私は首を振った。
「普通じゃないよ。」
「……。」
「アレク、毎日こんなに頑張ってるんだね。」
その瞬間。
アレクが少しだけ目を見開いた。
「……別に。」
「だって必要だから。」
淡々とした声。
でも、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「俺は天才だから、これくらい余裕なんだよ」
いつもの言葉。
だけど。
今の私は知っている。
アレクがどれだけ頑張っているか。
「うん。」
私は笑った。
「でも、アレクは努力家でもあるね。」
「……。」
アレクは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ視線を逸らした。
その日から。
私はアレクを見る目が少し変わった。
天才魔導師ではなく。
頑張り続ける、一人の男の子として。




