第3話 天才魔導師の弟子の日々
ヴィクトール様の弟子になって、初めての朝。
私はいつもより早く目を覚ました。
今日から本格的な修行が始まる。
魔法を教えてもらえることも楽しみだった。
魔法陣の研究。魔力の扱い方。
前世ではゲームの中でしか知らなかった世界を、実際に学べる。
それだけでも十分嬉しい。
でも、私にはもう一つ楽しみにしていることがあった。
(アレクに会える。)
ゲームの中のアレクは、いつも一人だった。
誰にも理解されず、誰にも寄り添ってもらえず、最後には魔王になってしまう。
でも、今はまだ七歳だ。
まだ間に合う。
「私が友達になればいいんだ。」
馬車の中で、小さく呟く。
魔王になる未来を変えるため。
そして何より、あんな寂しそうな顔を、もう見たくないから。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、師匠!」
ヴィクトール邸に着くと、庭で薬草の手入れをしていたヴィクトールが顔を上げた。
「おお、来たか。」
「今日からよろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる。
「では、さっそく修行じゃ。」
「はい!」
私は勢いよく返事をする。
「まずは森を一周してこい。」
「森ですか?」
「魔法を使うにも体力は必要じゃ。」
なるほど、と頷いた瞬間。
「アレク、おぬしもじゃ。」
「は?」
アレクが露骨に嫌そうな顔をした。
「なんで俺まで。」
「毎日やっておるじゃろ。」
「今日はいいだろ。」
「駄目じゃ。」
ヴィクトールはぴしゃりと言い放つ。
アレクは大きくため息をついた。
「……めんどくさい。」
「文句を言わん。」
そうして、私たちは二人で森へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
「待って、アレク!」
「遅い。」
走り始めて十分。
アレクは涼しい顔で先を走っている。
「ちょっと速すぎるよ!」
「これでも合わせてる。」
「嘘でしょ!?」
思わず叫ぶと、アレクは肩をすくめた。
「ラウラ、体力なさすぎ。」
「今日が初日なんだから仕方ないでしょ!」
「言い訳。」
悔しい。
でも、言い返せない。
息を切らしながら走っていると、アレクが少しだけ速度を落とした。
「転ぶなよ。」
「……うん。」
ぶっきらぼうだけど、ちゃんと気にしてくれているらしい。
なんだか少し嬉しくなった。
◇ ◇ ◇
屋敷へ戻ると、今度は薪割りが待っていた。
「次はこれじゃ。」
「まだあるんですか……。」
思わず肩を落とす。
隣では、アレクが慣れた手つきで斧を振り下ろしていた。
パキン、と小気味いい音が響く。
「すごい!」
思わず拍手すると、アレクは得意そうに胸を張る。
「俺、天才だし。」
「それ、昨日も言ってたよね?」
「事実だから。」
あまりにも堂々としていて、思わず笑ってしまった。
「私もやる!」
勢いよく斧を持ち上げる。
しかし——。
ガンッ!
薪は割れず、斧だけが変な音を立てた。
「……。」
「……ぷっ。」
「今、笑った?」
「別に。」
口元を押さえている時点で、全然隠せていない。
「もう一回!」
悔しくなって斧を握り直す。
何度か挑戦して、ようやく薪が割れた。
「できた!」
「おお、初日にしては上出来じゃな。」
ヴィクトールが感心したように頷く。
「諦めが悪いところは、嫌いじゃない。」
「褒めてます?」
「まあの。」
その言葉に、胸が少し温かくなった。
◇ ◇ ◇
午後は魔法理論の勉強だった。
机の上には、たくさんの本が並んでいる。
魔力の流れ、魔法陣の構造、効率的な魔法の使い方。
どれも面白い。
「ここを少し変えたら、魔力の流れが綺麗になると思います。」
私が書いた魔法陣を見て、ヴィクトールが頷く。
「悪くない。」
すると、隣で本を読んでいたアレクが口を開いた。
「そこ、無駄。」
「え?」
「魔力が集中しすぎてる。」
指でさらさらと線を書き換える。
すると、魔法陣が一気に見やすくなった。
「すごい……。」
思わず見入る。
「俺、天才だし。」
またそれだ。
私は思わず吹き出した。
「うん。すごいと思う。」
「……。」
「でも、私も頑張るね。」
アレクは少し不思議そうな顔をした。
「悔しくないの?」
「だって、アレクは兄弟子でしょ?」
「……。」
「私は今日からなんだから。」
アレクはしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。
「変なやつ。」
そう言いながらも、その横顔は少しだけ嬉しそうに見えた。
◇ ◇ ◇
その日から。
週に二回、私はヴィクトールのもとへ通うようになった。




