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第2話 弟子入り試験

「誰?」


眠そうな黒い瞳が、じっと私を見つめる。


ゲームでは何度も見た顔。


けれど、目の前にいるアレクはまだ七歳の少年だった。


「私はラウラ・アストレア。」


そう名乗ると、アレクは「ふーん」とだけ答え、興味がなさそうに家の中へ戻ろうとする。


「待て。」


ヴィクトールが声をかけた。


「おぬしも見ておれ。」


「なんで?」


「暇じゃろ。」


「暇じゃない。飯。」


「あとで食わせる。」


アレクは不満そうに頬を膨らませた。


(かわいい……。)


ゲームではクールな印象だったから、少し意外だった。


「さて。」


ヴィクトールは私へ向き直る。


「弟子になりたいと言ったの。」


「はい!」


「では試験じゃ。」


私は思わず姿勢を正した。


「試験……ですか?」


「当たり前じゃ。誰でも弟子にするほど暇ではない。」


その通りだ。


私は大きく頷いた。


「よろしくお願いします!」


ヴィクトールは庭の隅に置かれた木箱を指さす。


「魔法で、あれを動かしてみい。」


私は少し安心した。


初級魔法なら何度も練習している。


「ウォーターボール!」


掌から生まれた水球が木箱を押す。


ごとり、と少しだけ動いた。


「……ふむ。」


ヴィクトールは表情を変えない。


「終わりか?」


「はい。」


「六十点。」


「えっ?」


思わず声が漏れる。


(結構うまくできたと思ったのに……。)


「魔力は十分。」


ヴィクトールは木箱を見ながら言う。


「じゃが、無駄が多い。」


「無駄……ですか?」


「動かすだけなら、水球で押す必要はない。」


そう言って老人は指を一本立てた。


魔法陣が一瞬だけ光る。


次の瞬間。


木箱がふわりと浮き、音もなく元の位置へ戻った。


「え……。」


私は目を丸くした。


「魔力は量だけではない。」


「どれだけ効率よく使うかじゃ。」


(すごい……。)


前世ではゲームの中でしか見られなかった大魔導師の技。


実際に目の前で見ると、まるで別物だった。


「もう一度やってみい。」


「はい!」


私は深呼吸をする。


押すんじゃない。


持ち上げる。


水をぶつけるんじゃない。


魔力で支える。


「……フロート。」


木箱が少しだけ浮いた。


でも、すぐにぐらりと傾いて落ちてしまう。


「惜しい。」


ヴィクトールが初めて笑った。


「一度見ただけで真似しようとしたか。」


私は恥ずかしくなって俯いた。


「すみません。」


「謝ることではない。」


「え?」


「教えたことを考え、自分で工夫する者は嫌いではない。」


その言葉に胸が熱くなる。


(よかった……。)


すると、後ろから声がした。


「じじい。」


振り返ると、アレクが腕を組んで立っている。


「それ、簡単。」


「ならやってみい。」


「いいよ。」


アレクは面倒くさそうに片手を上げた。


魔法陣すら現れない。


それなのに木箱は軽々と宙へ浮き、くるりと一回転して、元の場所へぴたりと戻る。


「…………。」


私は言葉を失った。


(すごい。)


ゲームで「天才」と言われていたけれど、実際に見ると想像以上だった。


「俺、天才だし。」


得意げに笑うアレク。


私は思わず拍手していた。


「すごい!」


「……。」


アレクが目を丸くする。


「そんな魔法、初めて見た!」


「そう?」


「うん!」


心からそう思った。


悔しいなんて、これっぽっちも思わない。


だって、この子は規格外なのだ。


私が目指すのは、アレクになることじゃない。


昨日の自分より少しだけ前へ進むこと。


「私も頑張る!」


そう言うと、アレクは少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。


「……頑張れば?」


その横で、ヴィクトールがふっと笑う。


「よし。」


「今日からおぬしは、わしの弟子じゃ。」


「……本当ですか?」


「今さら帰れと言っても帰らんじゃろ。」


私は何度も頷いた。


「はい!」


「よろしくお願いします、師匠!」


深く頭を下げると、ヴィクトールは満足そうに頷いた。


「うむ。では、紹介しておこう。」


そう言って、庭の隅でこちらを見ていた少年へ視線を向ける。


「アレク。」


「なに。」


「こちらは今日からわしの弟子になった、ラウラ・アストレア侯爵令嬢じゃ。」


そして、私を見る。


「こちらはアレクセイ・ノクス公爵令息」


「事情があって、今はここで暮らしておる。」


「おぬしの兄弟子になるな。」


「……妹弟子?」


アレクが少しだけ首を傾げる。


「そうじゃ。」


ヴィクトールは楽しそうに笑った。


「ラウラ、分からないことがあれば、まずはこやつに聞け。」


「俺に?」


アレクが少し眉を寄せる。


「嫌。」


「まだ何も言っておらんじゃろ。」


即答に、ヴィクトールが呆れたようにため息をついた。


「まあよい。おぬしも少しは人に教える経験をしておけ。」


「……。」


アレクは不満そうだったが、反論はしなかった。


私は改めて頭を下げる。


「よろしくお願いします。アレクセイ様。」


そう呼ぶと、アレクは少し眉を寄せた。


「様、いらない。」


「え?」


「アレクでいい。」


ぶっきらぼうな言い方だった。


でも、不思議と嫌な感じはしなかった。


「……では、アレク。」


そう呼ぶと、彼は少しだけ目を瞬いた。

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