第41話 魔法戦闘部へ
その日の夕食。
いつものように四人で食卓を囲んでいると、聞き覚えのある声が近づいてきた。
「ノクス君。」
振り返ると、そこにはルシアン先輩と魔法戦闘部の部員たちが立っていた。
「……。」
アレクは嫌そうな顔をする。
「まだ諦めていなかったのか。」
「もちろん。」
ルシアン先輩はにこやかに笑った。
「君に一度でいいから、魔法戦闘部へ来てもらいたいんだ。」
「断る。」
即答。
「そこまで即答されると悲しいな。」
ルシアン先輩は苦笑する。
「でも、本当に一度だけでいい。」
「君がどんな戦い方をするのか、みんな見てみたいんだ。」
「……。」
アレクは黙り込む。
その様子を見ていた私は、少し考えた。
確かに、毎日追いかけられるよりは、一度行ってしまった方が楽かもしれない。
「アレク。一回行ってみたら?」
「……ラウラまで。」
「だって。」
私は笑う。
「一度顔を出したら、魔法戦闘部のみんなも満足してくれるんじゃない?」
「……本当にそう思うか?」
私は魔法戦闘部のみんなに、向かって聞いた。
「約束してくれますよね?」
「もちろん!」
「だってさ。」
「……。」
アレクが呆れたようにため息をつく。
でも、少し考えた後。
「……分かった。」
「一回だけだ。」
その瞬間。
「本当か!?」
魔法戦闘部の部員たちが一斉に喜んだ。
「ありがとう!」
「明日、絶対来てくれ!」
「……。」
ルシアン先輩に
「さすがラウラちゃん!」
と言われた。
アレクは少し後悔したような顔をしていた。
⸻
翌日。
授業が終わり、教室を出た瞬間。
「ノクス君。」
「待っていたぞ。」
廊下の先には、魔法戦闘部の部員たちが並んでいた。
アレクは足を止める。
「……。」
そして、ゆっくり周囲を見る。
前にも。
後ろにも。
「……逃げ道を塞いだのか。」
魔法戦闘部の部長が笑った。
「もちろん。」
「逃げられたら嫌だからな」
「……」
「だから今日は確実に連れて行く。」
「……。」
アレクは深いため息をついた。
そこへルシアン先輩が歩いてくる。
「ラウラちゃん、悪いけど君も来てくれないかな?」
「え?私も?」
「だって、ラウラちゃんがいた方が、彼も安心して参加できるでしょう?」
「そんなこと……。」
と言いかけて、私は言葉を止める。
思い返せば、確かにそうかもしれない。
「……分かりました」
「オリヴィアと部活見学の約束をしていたから、伝えておきます」
私は指先に魔力を集める。
淡い光が集まり、小さな鳥の姿へ変わった。
「伝心鳥。」
光の鳥は、オリヴィアの元へ飛んでいく。
込める言葉は短く。
『少し予定が変わりました。私も魔法戦闘部へ同行することになりました。』
送った直後。
すぐに返事が届く。
『え!?お姉様も魔法戦闘部に行くんですか?』
思わず笑ってしまう。
「……私も同じ気持ちだよ。」
すると、廊下の向こうから声が聞こえた。
「お姉様!」
振り返る。
そこにはオリヴィアが走ってきていた。
「私もご一緒していいですか?」
「え?」
「アレクセイさんの魔法戦闘部での様子、見てみたいです。」
嬉しそうに笑うオリヴィアに、私は頷いた。
「もちろん」
「では行こっか」
⸻
魔法戦闘部の訓練場。
部員たちはすでに準備を整えていた。
「今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ。」
アレクはいつものように淡々としている。
「一回だけだからな。」
「分かってる!」
「でも……。」
部長が期待に満ちた目を向ける。
「せっかくだから、実力を見せてもらえるんだよな?」
「……。」
アレクは諦めたように杖を構えた。
「相手は?」
「俺がやる」
名乗り出たのはルシアンだった。
「魔法戦闘部副部長なんだ」
「よろしくお願いします。」
開始の合図。
次の瞬間。
――静寂。
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
「……え?」
ルシアンが目を見開く。
気付いた時には。
アレクの杖の先が、彼の肩の横に向けられていた。
「そこまで!」
審判の声が響く。
「……。」
沈黙。
「今、何が起きた?」
「見えなかった……。」
「魔法を使う前に終わった……?」
部員たちがざわめく。
アレクは首を傾げた。
「これでいいか?」
「いや。」
部長が目を輝かせる。
「もう一回!」
「……。」
「今のじゃ速すぎて何も分からない!」
「もう一度お願いします!」
アレクは深いため息をついた。
「一回と言っただろ。」
その様子を見て、私は思わず笑ってしまう。
「アレク、せっかくだから、もう一回付き合ってあげたら?」
「……。」
アレクがこちらを見る。
「ラウラ。俺に休ませる気はあるのか?」
「休みが必要なほど動いてないじゃん」
私は笑った。
「あと、みんな楽しみにしているみたいだから、もう少し付き合ってあげたら?」
「……。」
アレクはしばらく黙った。
そして。
「……分かった。」
「あと一回だけだ。」
魔法戦闘部から歓声が上がる。
「では、俺達が一発でも当てたら俺達の勝ちにするのはアリか?」
「いいよ。」
アレクはあっさり頷いた。
「全員で来れば?」
「……え?」
部長が目を瞬く。
「その方が早く終わるだろ。」
「……。」
魔法戦闘部の部員たちは顔を見合わせた。
「……今、俺たち全員を相手にするって言ったのか?」
「そうだけど。」
あまりにも自然な返事。
その瞬間、訓練場がざわめいた。
「舐められてる……!」
「いや、でも……。」
「面白いじゃないか!」
◇ ◇ ◇
炎、水、風。
次々と放たれる魔法。
普通なら避けるだけでも精一杯の攻撃。
けれど――
「遅い。」
アレクは小さく呟くだけだった。
足を一歩ずらす。
それだけで、すべての魔法が彼の横を通り過ぎていく。
「……嘘だろ。」
「見えてるのか?」
部員たちが息を呑む。
「……すごい」
誰かが呟いた。
自分たちが届かない場所にいる存在。
それなのに、アレクは馬鹿にするでもなく、真剣に魔法を見ている。
「もう少し工夫した方がいい」
「え?」
「今の魔法は威力はある。でも、発動前に魔力の流れが分かりやすい」
「……!」
「そこを隠せば、もっと強くなる」
アドバイスまで始めたアレクに、部員たちは目を丸くする。
「はい!」
「俺も教えてくれ!」
「俺も、俺も!」
◇ ◇ ◇
戦闘が終わると、ルシアン先輩が笑いながらアレクの元へ歩いてきた。
「ね?」
「やっぱり魔法戦闘部向きでしょ?」
「向いているかどうかと、入るかどうかは別だ。」
即答するアレクに、ルシアン先輩は苦笑する。
「そこは変わらないんだね。」
「でも……」
周囲を見渡す。
さっきまでアレクの力に圧倒されていた部員たちは、今は目を輝かせていた。
「また来てください!」
「次はもっと強い魔法を見せます!」
「今度は絶対一発当てますから!」
口々に声をかける部員たち。
アレクは少し困ったような顔をしながらも、追い払おうとはしなかった。
その姿を見ながら、私は思った。
ゲームの中ではこの力は、恐れられるものだった。
だけど今は誰かと同じ場所で、その力を使っている。
……結局。
アレクは人と関わるのが苦手だったわけじゃない。
ただ、自分から誰かの輪に入ろうとしなかっただけなのかもしれない。
少しずつだけれど、彼の世界は変わっている。
そう思うと、胸の奥が温かくなった。
◇ ◇ ◇
その日の帰り道。
「結局、魔法戦闘部には入らないの?」
私が尋ねると、アレクは少し考えた。
「……入部するつもりはない。」
「そっか」
予想通りの答えに頷く。
すると、アレクは続けた。
「でも、たまに行くのは悪くないかもしれない。」
「え?」
「最近、実戦らしい実戦をしていないからな。身体が鈍る。」
「……。」
思わず笑ってしまう。
「それが理由なんだ」
「何か問題でも?」
「いいえ?」
私は首を振る。
「アレクらしいと思っただけだよ」




