第27話 冬の訪れ
学園生活は少しずつ冬へ向かっていた。
朝の空気は冷たくなり、吐く息が白くなる。
授業では高度な術式を扱うようになり、魔法研究部でも新しい研究が増えていった。
忙しい毎日。
楽しい毎日。
それでも――。
時々、ふと思う。
(アレクは今、何をしているのかな。)
夏休みが終わってから、もう何ヶ月も会っていない。
アレクは王宮魔法騎士団の仕事があり、私は王立魔法学園に通ってるのだから、仕方がない。
分かっている。
分かっているのに。
不意に、庭いっぱいに舞う水の蝶を思い出した。
太陽の光を受けて、きらきらと輝いていた無数の蝶。
「綺麗。」
あの時そう言うと、アレクは少し照れたように笑って、
『まあ。俺、天才だし。』
と胸を張っていた。
「……ふふ。」
思い出しただけで、自然と笑みがこぼれる
「……会いたいな。」
小さく呟いてから、私は慌てて周囲を見る。
誰もいないことを確認して、少しだけ頬が熱くなった。
(会いたいって……。)
以前なら、ただの修行仲間だと思っていた。
でも今は。
会えないことを、少し寂しいと思っている。
◇ ◇ ◇
冬休み。
私は侯爵家へ戻ると、すぐにヴィクトール様の家へ向かう準備をした。
もしかしたら。
会えるかもしれない。
そんな期待がなかったと言えば嘘になる。
けれど――。
「アレクは王宮魔法騎士団の任務で、しばらく王都を離れてるのじゃ」
ヴィクトール様から聞いた言葉に、私は少しだけ肩を落とした。
「そうですか。」
「……残念か?」
「はい」
「ほっほっ、まあ、いいニュースもあるぞ。
前に言ってた、アレクも護衛として学園に行く話が決まったぞ」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ。」
ヴィクトール様は楽しそうに笑った。
「二年生への編入じゃ。」
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
来年、また会える。
そう思うだけで、自然と頬が緩んだ。
◇ ◇ ◇
三学期には剣術大会も行われた。
剣術大会では、身体強化以外の魔法は禁止されている。魔力で剣を強化したり、遠距離から攻撃したりすることはできない。
純粋な剣技と身体能力だけで競う大会だ。
優勝は剣術部の三年生、準優勝はルシアン先輩だった。
いつもは軽い先輩が、真剣な表情で剣を振るう姿はどこか新鮮で、私は思わず見入ってしまった。
◇ ◇ ◇
そして春休み。
私はヴィクトール様の家を訪れた。
けれど、そこにアレクの姿はなかった。
「アレクは?」
「学園へ行く前に、騎士団の仕事を片付けておるようじゃ。」
「忙しいんですね。」
「ああ。そのようじゃの」
少しだけ寂しさはあった。
けれど、不思議と不安はなかった。
新学期がくれば会えるから。
そう信じていた。
◇ ◇ ◇
そして――。
二年生の春。
王立魔法学園には、新しい季節と共に新入生たちがやってくる。
今年は特に注目される学年だった。
王太子殿下であるカイル様の入学。
そして、聖女候補と噂されるオリヴィアの入学。
学園中が、その話題で持ちきりだった。
私は廊下を歩きながら、小さく息を吐く。
(いよいよ……。)
アレクが来る。
そして。
ゲームの物語が始まる。
もちろん、現実はゲームとは違う。
そう分かっている。
でも。
オリヴィアが入学する。
攻略対象者たちが学園に揃う。
その事実は、どうしても私を不安にさせた。
(私は……。)
(どうすればいいんだろう。)
何度も考えた。
アレクとオリヴィアを応援するべきなのか。
それとも、二人が出会わないようにするべきなのか。
もし、隠しルートが最初から開いているのなら――。
でもアレクがどんな未来を歩むとしても。
私は、私の知っているアレクを信じたい。
庭いっぱいに水の蝶を舞わせて、得意げに笑っていた彼を。
「俺、天才だし。」
そう言って胸を張っていた彼を。
だから。
私は何があってもアレクのそばにいる。
そう決意して、アレクにもらった魔石を握りしめた。
◇ ◇ ◇
入学式の前日。
私は寮へ向かう途中、プラチナブロンドの少女を見つけた。
周囲をきょろきょろと見回し、不安そうな表情で、何度も校舎と案内板を見比べている。
新入生だろう。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、少女が振り返った。
淡い金色の髪。
金色の瞳。
どこか儚げな雰囲気。
「あ……。」
少女は驚いたように目を瞬かせる。
「すみません。寮の場所が分からなくて……。」
「新入生ですか?」
私は微笑んだ。
「私も今、寮へ戻るところだから、一緒に行きましょう。」
「ありがとうございます。」
少女はほっとしたように笑う。
その瞬間。
胸の奥がざわめいた。
知っている。
この顔を。
この雰囲気を。
ゲームの中で何度も見た。
(まさか……。)
少女が名乗る。
「私はオリヴィア・ベルンです。」
(やっぱり)
その名前を聞いた瞬間。
世界が静かに動き出した気がした。
(始まった。)
二年生の春。
ついに――。
物語が始まる。




