第24話 実習前訓練
広い訓練場には、一年生と二年生が集められていた。
ざわめく生徒たちの前に立つのは、魔法戦闘部顧問で、実習担当のシリル先生だ。
(シリル先生……。)
ゲームでは攻略対象だった先生。
今はまだ、私にとっては実習を担当する先生の一人に過ぎない。
銀灰色の髪を後ろで束ねた若い教師は、周囲を見渡した。
「よし、静かに!」
先生が声を張ると、訓練場が一気に静まり返る。
「これから班ごとに分かれて実習前の訓練を行う。まずは自己紹介、それから役割を決めろ。」
「今日の訓練で連携を確認する。本番で慌てないよう、しっかり顔と名前を覚えておけ。」
生徒たちは、それぞれの班へ散っていった。
私も第一班の集合場所へ向かう。
(第一班……。)
実力順に編成されていると聞いている。
しかも、班の名簿を見る限り、一年生は私一人だけだった。
自然と足取りが少し重くなる。
(大丈夫。落ち着いて、いつも通りやればいい。)
そう自分に言い聞かせながら顔を上げると、すでに数人の二年生が集まっていた。
その中心に立っていたのは、明るい金茶色の髪の男子生徒だった。
「君が噂のアストレア嬢?」
私に気づくと、彼は人懐っこい笑みを浮かべる。
「かっこいいって聞いてたけど、普通に可愛いじゃん。」
突然の言葉に、私は思わず目を瞬かせた。
「……ありがとうございます?」
すると、周りの先輩たちが苦笑する。
「ルシアン、初対面の子を困らせるなよ。」
「困ってないよね?」
「え、ええと……。」
私が曖昧に笑うと、ルシアン先輩は満足そうに頷いた。
「俺はルシアン・フォルテ。今回の班長だ。よろしく。」
「一年のラウラ・アストレアです。よろしくお願いします。」
握手を交わしたら、周りからは小さな笑い声が聞こえる。
「ルシアン、また女の子口説いてる。」
「挨拶みたいなものだから気にしなくていいよ。」
班の先輩が苦笑しながら言った。
「え?」
「ルシアン、可愛い子を見つけると褒めるんだよ。」
「悪気はないから。」
「そうそう。」
ルシアン先輩は悪びれもせず笑う。
「可愛いものは可愛いんだから仕方ないじゃん。」
そのあまりに自然な言葉に、私は少しだけ肩の力が抜けた。
(そういえばゲームでもこういう人だった)
ゲームの攻略対象。
そう身構えていたけれど、思っていたよりずっと話しやすそうだった。
(ゲームの時と全然変わらないな。)
その時、
「おーい、ルシアン。」
シリル先生がこちらへ歩いてきた。
「班長なんだから、ちゃんと仕切れよ。」
「分かってますって。シリル先生、俺を誰だと思ってるんですか?」
「口だけは立派だからな、お前は。」
シリル先生が呆れたように笑うと、ルシアン先輩も楽しそうに笑い返した。
「ひどいなあ」
二人のやり取りに、周囲の先輩たちも笑い出す。
(仲がいいんだな。)
ゲームでは分からなかった、こういう何気ない関係が見えるのは少し新鮮だった。
「じゃあ、役割を決めようか。」
ルシアン先輩が班のみんなを見回す。
「前衛は俺とマーク。」
大柄な男子生徒が軽く手を挙げる。
「後衛はエミリアとノア。」
二人の先輩も頷いた。
そして、ルシアン先輩は私へ視線を向ける。
「ラウラちゃんは探索と補助かな。唯一の一年生なんだから、無理はなしね。」
「はい。」
私は素直に頷いた。
探索魔法や補助魔法なら、ヴィクトール様との修行でも何度も使ってきた。
「危なくなったら、すぐ俺たちを頼ること。班長命令。」
「……分かりました。」
「よし、返事がいい。」
ルシアン先輩は満足そうに笑った。
「じゃあ、さっそく始めるぞ!」
◇ ◇ ◇
訓練場の一角には、教師たちが用意した魔力人形が並んでいた。
「今回の訓練では、探索と連携の確認を行う。」
シリル先生が説明する。
「前衛は魔力人形を足止めしろ。後衛は攻撃、補助役は仲間の支援と周囲の警戒を担当する。」
「無理はするな。実習で一番大切なのは、自分の役割を果たすことだ。」
「始め!」
その合図とともに、班ごとに動き出した。
私は目を閉じ、周囲へ意識を広げる。
木々の揺れ。
仲間たちの魔力。
そして、離れた場所に配置された魔力人形の気配。
「右前方、二体です!」
私が声を上げると、マーク先輩とルシアン先輩が駆け出した。
「了解!」
二人が人形を引きつけている間に、私は後衛の先輩たちへ補助魔法をかける。
「身体強化、展開!」
淡い光が先輩たちを包み込む。
「助かる!」
エミリア先輩が笑顔を向けてくれた。
(まだいける。)
私はさらに周囲へ意識を向ける。
「左後方から一体来ます!」
「早いな。」
ルシアン先輩が感心したように呟き、人形へ向かっていく。
訓練は順調に進んでいた。
けれど、私は少しずつ焦り始めていた。
(もっと早く探さなきゃ。)
(補助も切らしちゃ駄目。)
探索を続けながら、補助魔法を維持し、周囲を警戒する。
気づけば、息が少し上がっていた。
「ラウラちゃん」
不意に、頭の上から声が降ってきた。
振り返ると、いつの間にか戻ってきていたルシアン先輩が、こちらを見ていた。
「ちょっと頑張りすぎじゃない?」
「え?」
「さっきからずっと探索して、補助魔法も切らしてないだろ?」
言われて初めて、自分の呼吸が乱れていることに気づいた。
「だ、大丈夫です」
「その顔で言われても説得力ないなあ」
ルシアン先輩が苦笑する。
「でも、探索はかなり助かってるよ。ラウラちゃんが早く見つけてくれるから、俺たちも動きやすい」
「……ありがとうございます」
褒められて、少しだけ嬉しくなる。
けれど、ルシアン先輩は続けた。
「だからこそ、全部一人でやろうとしないで」
「……え?」
「探索も補助も警戒も、全部自分でやろうとしたら、どこかで無理が出るからね」
私は思わず周囲を見回した。
確かに、みんなそれぞれ自分の役割を果たしている。
「俺たちが前で戦ってるんだから、危ない時はちゃんと知らせてくれればいい。補助だって、必要なところだけでいい」
「でも……」
「仲間を頼るのも、後衛の仕事だよ」
その言葉に、私は少しだけ目を見開いた。
「……仲間を、頼る」
「そう」
ルシアン先輩は笑った。
「ラウラちゃんは自分が頑張れば何とかなるって思いすぎなんだよ」
「……そんなことは」
「あると思うけどなあ」
即答されてしまい、何も言えなくなる。
「実習って、一人で全部できる人を作るためのものじゃないんだよ」
ルシアン先輩は人形の方へ視線を向けた。
「自分にできないことを、できる人に任せる。それで全員が自分の役割を果たす」
「……」
「それが連携だから」
私はその言葉を、胸の中で繰り返した。
(自分にできないことを、できる人に任せる……)
今まで私は、迷惑をかけないようにすることばかり考えていた。
でも、それだけでは駄目なのかもしれない。
「……分かりました」
顔を上げる。
「次から、ちゃんと頼ります」
「うん。それでよし」
ルシアン先輩は満足そうに笑った。
「じゃあ、後半戦。ラウラちゃんの探索、頼りにしてるよ」
「はい!」
私は深く息を吸った。
今度は、一人で全部背負おうとするのではなく。
仲間の動きを信じながら、もう一度周囲へ意識を広げた。




