第15話 旅立ちの日
王立魔法学園への入学まで、あと一ヶ月。
ある日、アストレア侯爵家へ大きな木箱が届いた。
「王立魔法学園より、お届け物です。」
使用人が運んできた箱を開けると、中には真新しい制服や教科書、入学案内が丁寧に収められていた。
「これが……。」
私はそっと制服を手に取る。
深い紺色の制服とローブには、王立魔法学園の紋章が金糸で刺繍されていた。
王立魔法学園。
貴族も平民も関係なく、魔法の才能を持つ者が集う、この国最高峰の学び舎。
三年間の全寮制で、卒業生の多くは王宮魔法騎士団や宮廷魔導士として国を支える。
そして――。
乙女ゲーム『光の聖女と闇の魔王』の舞台。
私が前世で何度もプレイした場所。
ここから、オリヴィアと攻略対象たちの物語が始まる。
期待と不安が入り混じり、胸が少しだけ高鳴った。
◇ ◇ ◇
その夜。
夕食を囲みながら、お母様が少し寂しそうに笑う。
「もう寮に入ってしまうのね。寂しくなるわ。」
七歳からヴィクトール様のもとへ修行に通っていたとはいえ、それは週に二日だけだった。
でも今度は違う。
学園は王都から離れているため、
長期休暇までなかなか帰ってこられない。
本当に家を離れることになる。
「長期休暇には帰ってきます。」
そう答えると、お母様は優しく頷いた。
「ええ、待っているわ」
お父様も静かに口を開く。
「困ったことがあれば、いつでも頼りなさい。一人で抱え込む必要はない。」
「はい、お父様。」
その言葉に、胸が少し温かくなる。
すると、隣に座っていた弟のレオンが少し俯いた。
「姉上がいなくなると……寂しくなります。」
思わず私は微笑む。
「ごめんね。」
弟の頭を優しく撫でる。
「でも、長期休暇には帰ってくるよ。それまでに、立派な跡取りになっていてね。」
弟も照れくさそうに笑った。
「はい。」
「僕も勉強を頑張ります。」
その姿に、お父様は満足そうに頷いていた。
◇ ◇ ◇
最後の修行の日。
その日はアレクもカイル様も来ていた。
いつも通り森を走り、薪を割り、魔法の修行を終える。
きっと、この景色を見るのもしばらくはなくなる。
「もうすぐ入学じゃの。」
ヴィクトール様がお茶をすすりながら言った。
「はい。」
「学園へ行っても、考えることをやめるな。自分で考え、自分で答えを見つけるんじゃ。」
「はい。」
私は大きく頷いた。
七歳から教わってきたこと。
きっとこれから先も、一番大切な教えになる。
「それと。」
ヴィクトール様は少しだけ真面目な顔になる。
「学園には、才能のある者が大勢おる。じゃが、他人と比べる必要はない。おぬしは、おぬしの魔法を磨けばよい。」
「……はい。」
その言葉は、静かに胸へ染み込んだ。
カイル様も嬉しそうに笑う。
「ラウラ先輩、入学おめでとう!僕も来年、追いつきます!」
「ありがとう。」
私も笑顔で答える。
その時だった。
「これ。」
アレクが小さな袋を差し出した。
「え?」
開けてみると、中には黒紫色の石が入っていた。
「魔力を込めてある。多少の攻撃なら防げる。」
私は目を丸くする。
「私に?」
「ああ。」
「学園は人が多い。何があるか分からない。……だから。……なくすなよ。」
「ありがとう。」
私は嬉しくなって笑う。
「大事にするね。」
アレクは照れ隠しのように小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
帰り道。
夕暮れの空を見上げながら歩く。
ゲームが始まるまで、あと一年。
でも、私の物語はもう始まっている。
師匠と出会って。
アレクと友達になって。
カイル様と一緒に学んで。
家族に見送られて。
この数年で、たくさんの大切なものが増えた。
学園では、ゲームで知っている未来が少しずつ動き始める。
オリヴィア。
カイル様。
そして、まだ出会っていない攻略対象たち。
物語の歯車は、きっと動き始める。
少し怖い。
ゲームでは、アレクは最後に魔王になってしまう。
その未来は、まだ変わっていないのかもしれない。
それでも。
ゲームとは違うこともある。
私はもう、名前だけの「モブ令嬢」じゃない。
アレクと友達になって。
一緒に笑って。
同じ時間を積み重ねてきた。
その積み重ねが、いつか彼の未来を変えてくれる。
私は、そう信じたい。
胸元で魔石をそっと握りしめる。
「行ってきます。」
小さく呟いて、私は王立魔法学園への未来へと歩き出した。




