第14話 少しだけ寂しい
アレクが王宮魔法騎士団へ入って、一か月ほどが過ぎた。
休みの日だけは修行へ来る約束だった。
けれど。
騎士団の仕事は思っていた以上に忙しいらしい。
「今日は来られん。」
そんな連絡が入る日も増えていた。
◇ ◇ ◇
その日も私は一人で森を走り、薪を割る。
「ふう……。」
息を整えながら、ふと隣を見る。
いつもなら。
「遅い。」
そんな一言が飛んでくる場所。
今日は誰もいない。
少しだけ静かだった。
「どうした。」
ヴィクトール様が声をかける。
「今日は元気がないの。」
「えっ?」
私は慌てて首を振る。
「そんなことありません。」
「そうかの。」
それ以上は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
昼食も今日は二人だけだった。
一人減っただけなのに、不思議と静かに感じる。
アレクはあまり喋らない。
それなのに。
いないとこんなにも違うんだ。
ゲームでは、アレクは孤独な人だった。
だから私は、できるだけ一緒にいたかった。
気づけば、それが私の日常になっていたらしい。
週に二日。
一緒に走って。
一緒に薪を割って。
たまに笑って。
そんな時間が、私にとっても大切になっていた。
「ほっほっほ。」
ヴィクトール様が笑う。
「寂しいか。」
「ち、違います!」
思わず否定すると、ヴィクトール様はますます笑った。
「そういうことにしておこうかの。」
「もう。」
私は少し頬を膨らませた。
◇ ◇ ◇
翌週。
久しぶりにアレクが修行へやって来た。
「アレク!」
思わず笑顔になる。
「久しぶり!」
「……二週間。」
「私には久しぶりだよ。」
そう言うと、アレクは少しだけ口元を緩めた。
「仕事、どう?」
そう尋ねると。
「余裕。」
即答だった。
「えっ、本当に?」
「ああ。」
アレクは肩をすくめる。
「ジジイに比べたら、みんな優しい。」
その一言に、私は吹き出した。
「ふふっ。それ、師匠の前で言わない方がいいよ。」
「聞こえとるぞ。」
後ろからヴィクトール様の声が飛ぶ。
「げ。」
珍しくアレクが固まる。
「余裕か。」
アレクは頷く。
「暇。仕事も訓練も、普通。」
「……そうか。」
ヴィクトール様は満足そうに笑った。
「なら、久しぶりに少し歯ごたえのある修行でもやるかの。」
「……。」
アレクの表情が固まる。
「師匠?」
私が嫌な予感を覚える。
ヴィクトール様は楽しそうに笑った。
「魔力暴走の制御じゃ。」
「なっ……。」
珍しくアレクの顔色が変わる。
「嫌だ。」
「断る。」
「断れん。」
「……ジジイ。」
「褒め言葉じゃ。」
私は二人のやり取りを見ながら、小さく苦笑した。
(余裕なんて言うから……。)
ラウラが森を一周し、庭へ戻ると。
苦しそうな声が聞こえた。
「……っ!」
「アレク?」
思わず声のする方へ行く。
そこには。
全身から黒紫色の魔力を噴き上げ、苦しそうに膝をつくアレクの姿があった。
額には脂汗。
握った拳は震え、地面にはひびが走っている。
「師匠!何をしたんですか!?」
ヴィクトール様は落ち着いた様子で腕を組んでいた。
「魔力を少し乱してやっただけじゃ。」
「少しって……!」
「暴走を恐れて魔力を抑えとるうちは二流。暴走する奔流の背に乗って、手懐けてみせよ。」
アレクは歯を食いしばる。
「……くそ。」
黒い魔力がさらに荒れ狂う。
周りの木々がザワザワと揺れ始めた。
「アレク!」
思わず近寄ろうとすると、
「来るな。」
低い声が飛ぶ。
「今、近づくと危ない。」
⸻
しばらくして。
荒れ狂っていた魔力が、少しずつ一本の糸のように細くまとまっていく。
暴風だった魔力が、静かな川の流れへ変わる。
ヴィクトール様が満足そうに頷く。
「うむ。合格じゃ。」
アレクはその場へ倒れ込んだ。
「……死ぬ。」
「死なん。」
「殺す気だった。」
「まだ生きとる。」
⸻
ラウラは青ざめた顔で二人を見る。
「師匠、やりすぎです!」
ヴィクトール様は笑う。
「ほっほっほ。魔力暴走ほど恐ろしいものはない。じゃから、自分で抑え込めるようにならねばならん。一度できれば、二度と暴走は恐れん。」
ラウラはアレクを見る。
肩で息をしながらも、さっきまで暴れていた魔力は完全に静まっていた。
……だから、アレクはあんなに魔力制御が上手なんだ。
アレクは地面へ大の字になったまま、小さく息を吐く。
「……もう、余裕なんて言わない。」
「そうか。なら今日はこのくらいにしておくかの。」
ヴィクトール様は満足そうに笑った。
アレクも
「……。」
と悔しそうに睨むだけ。
私は思わず吹き出す。
「ふふっ。」
さっきまで静かだった家が、いつもの騒がしさを取り戻していた。
やっぱり、この場所にはアレクがいる方がしっくりくる。
本人には絶対言わないけれど。
私はそんなことを思いながら、そっと笑った。




