第10話 天才の修行
カイル様が弟子になってから、一か月ほどが過ぎた。
その日はカイル様は来ない日だった。
私がヴィクトール様の家へ着くと。
「……。」
庭先でアレクが大の字になって倒れていた。
「アレク!?」
慌てて駆け寄る。
「大丈夫?」
「……生きてる。」
返事はある。
でも顔色は真っ青だった。
「何があったの?」
アレクはゆっくり腕を持ち上げる。
そこには、見覚えのある黒い腕輪。
「あれ?修行?」
ため息をつきながら起き上がる。
「そう、朝から」
「また師匠が?」
「……あのジジイ。」
アレクは珍しく顔をしかめた。
「俺を殺す気だ。」
「何をしたの?」
「腕輪で魔力を一割に制限されたまま、A級魔獣と戦えって。」
「え?」
思わず固まる。
「しかも倒すまで解除なし。一撃でも食らったら終わり。」
「……。」
「頭おかしい。」
「それは……。」
さすがの私も言葉を失った。
「勝てたの?」
「勝った。」
当然のように答える。
「でも疲れた。」
そう言うと、そのまま再び寝転がった。
「今日は動きたくない。」
私は思わず苦笑する。
(本当に限界なんだ。)
◇ ◇ ◇
そこへヴィクトール様が家から出てきた。
「来たか。」
「師匠!」
私は思わず声を上げる。
「アレクに、そんな危ない修行をさせたんですか?」
「ほっほっほ。」
ヴィクトール様は笑う。
「死なん程度には加減しとる。」
「十分危ないです!」
「大丈夫じゃ。」
「こやつは、これくらいせんと育たん。」
「……。」
アレクは地面に寝転んだまま、小さく呟く。
「次は絶対ヒゲ燃やす。」
「聞こえとるぞ。」
ヴィクトール様は笑っていた。
◇ ◇ ◇
ラウラはいつものように森を一周し、薪割りを終える頃には、額にうっすら汗を浮かべていた。
「ふう……。」
タオルで汗を拭く。
ふと庭の隅を見ると、アレクは木にもたれたまま動こうとしない。
「アレク。」
「お昼だよ。」
「……いらない。」
思わず目を丸くした。
「え?」
「食欲ない。」
その一言に、ヴィクトール様が笑う。
「珍しいじゃろ。」
「朝から死ぬほど動かしたからの。」
「笑い事じゃないですよ!」
私は思わず師匠を見た。
「ほら。」
「少しだけでも食べなよ。」
「……。」
アレクは返事をしない。
私はお弁当を開きながら、少し困ったように笑う。
「午後の修行で倒れても知らないからね?」
「脅しかよ。」
「心配してるの。」
アレクは、小さくため息をついた。
「……少しだけ。」
私はほっと笑う。
「うん。」
パンを一つ渡すと、アレクは渋々受け取った。
その様子を見ていたヴィクトール様が、湯飲みを片手に頷く。
「人に心配されるようになったか。」
「昔なら、食わずに一日寝とったじゃろうな。」
「……。」
アレクは少しだけ眉をひそめる。
「うるさい。」
ぶっきらぼうに言いながらも、アレクは渡されたパンを一口かじる。
「どう?」
「……。」
しばらく黙って咀嚼したあと。
「うまい。」
「よかった。」
その一言だけで、私は少し嬉しくなった。
「全部は無理でも、少しずつ食べようね。」
「……。」
返事はない。
でも、アレクは黙って二口、三口と食べ進めていく。
その様子を見ていたヴィクトール様が、小さく笑った。
「ラウラ。」
「はい」
「おぬしは、こやつの世話役に向いとるの。」
「え?」
「前なら、人の言うことなんぞ聞かんかった。」
「今はちゃんと食う。」
「……。」
アレクは少しだけ耳を赤くした。
「別に。」
「腹減っただけ。」
「さっきはいらないって言ってたよ?」
私が笑うと、アレクは少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「……気が変わった。」
その答えに、思わず吹き出す。
「ふふっ。」
ヴィクトール様も肩を揺らして笑う。
「少しずつ、人らしくなってきたの。」
「……明日はヒゲ燃やす。」
「まだ言うか。」
「ふふっ。」
思わず私も笑ってしまった。
アレクも、最初の頃とはずいぶん変わった。
ゲームで見た、誰も寄せつけないアレクとは違う。
今は笑うこともあるし、人の言葉にも耳を傾ける。
少しは未来が変わってきているのかもしれない。
でも。
学園に入れば、ゲームの物語が動き始める。
だから、安心するにはまだ早い。




