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キングスレイヤー真  作者:


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98. アルヴィンの大勝負2

(……こんなもので、終わらせる気はない)


 白金貨30枚。


 確かに、一般的には目が飛び出るほどの大金だ。


 だが、今の俺にとって重要なのは金ではない。


 俺が欲しいのは、かつての友の顔に泥を塗り、弱者を踏みにじり、腐りきったこの男の歪んだ顔だ。


「……そんな額では、納得できませんね」


 俺が静かに拒絶すると、イヤネスは不愉快そうに鼻を鳴らした。


「調子に乗るな、ガキがっ。温情をかけてやれば図に乗りおって……」


 イヤネスが怒声を上げようとしたその時、タイミングを見計らったように支配人がワゴンを押して入ってきた。


 湯気を立てる紅茶の香りが、殺伐とした室内に広がる。



「……会長、お茶をお持ちしました」


「チッ……間が悪いぞ」


 イヤネスは支配人を睨みつけたが、すぐに目線を戻し、出されたティーカップを手に取った。


 一口すすり、ふぅー、と長く息を吐く。


 その一連の動作で、彼の激情はスッと引いていったようだった。


 さすがは巨大商会のトップ、感情の制御は手慣れている。


「……まあ、いいだろう」


 イヤネスはカップを置き、ソファの背もたれに深く体を預けた。


 さっきまでの怒れる男ではなく、冷徹な商人の顔に戻っている。


「35枚だ。それ以上は出さん」


「いいえ、俺は仲裁所に持ち込めば――」


「待て」


 俺が言葉を継ごうとするのを、イヤネスは掌を向けて押しとどめた。


「まあ聞け。お前は仲裁所に話を持って行くと脅せば、もっと良い条件が出るとでも思っているのだろう? 商会の名に傷がつく、とな」


「その通りでしょう?」


「甘いな」


 イヤネスは薄く笑った。


「この場合、我々が支払えなかったのは『お前の居場所がわからなかったから』で通る。連絡先も不明な相手に金は送れん。これは正当な理由だ。そして今、お前が現れた。だから我々は、契約通り過去の相場で支払う意思を見せている」


 彼は指を三本立てた。


「前回通りの十年で白金貨10枚。これが適正価格だ。もちろん、お前にも『探す努力をしなかった』という言い分はあるだろう。仲裁所は公平だ。……だがな」


 イヤネスの目が、冷酷に光った。


「お互いに理があり、判断が五分と五分なら……天秤が『国頭』である私に傾くのは、当然のことだとは思わんか?」


「……ッ」


 正論だった。


 仲裁所といえども人の子だ。


 この街で絶大な権力を持つハインツ商会と、どこの馬の骨とも知れぬ没落貴族。


 どちらに配慮するかは火を見るよりも明らかだ。


 もし泥沼の裁判になれば、時間も金もかかる上、結果としてこれ以上の額が取れる保証はない。


「どうだ。35枚で手を打て。これ以上ごねるなら、私も徹底的にやるぞ」


 イヤネスは勝ち誇った顔で紅茶を啜った。


 35枚。


 それが「妥当」であり、俺が引き出せる「限界」なのかもしれない。


 俺は奥歯を噛み締めた。


 悔しいが、今の俺の手札ではここまでか――。


(……商売を、舐めるなよ)


 その時。


 ふと、頭の中に懐かしい声が響いた。


 アサータクさんだ。


 前世の俺、アーノルの師匠とも呼べる男。


 彼がハインツ商会と、あの伝説の「揚水ポンプ」の商談をした時の話しが蘇る。


 あの時も、ハインツ側は強気だった。


 だがアサータクさんは一歩も引かず、冷静さと凄まじい気合で、相手の論理をねじ伏せた。


『いいかアーノル。相手が冷静になった時こそ、こちらも頭を冷やせ。感情で動けば負けだ。勝ち筋は常に、相手が一番嫌がる場所に落ちている』


(……そうだ。俺は調子に乗りすぎていた)


 怒りに任せて突っ走るだけでは、この狸おやじには勝てない。


 相手もお茶を飲んで冷静になった。


 なら、俺も冷静にならなければ。


 手はないのか?


 俺の目的はなんだ? 金か?


 いや、違う。


 俺の勝ちが「金」なら、ここで降りるのが正解だ。


 だが、金じゃないなら?


(……あー、そうか)


 簡単なことだ。


 俺は視点を変えた。


 商人の常識という枠を外した。


 金にこだわらなければ、相手を殺す手はあるじゃないか。


 俺の口元に、自然と笑みが浮かんだ。


 それを見たイヤネスが、怪訝そうに眉をひそめる。


「……何がおかしい」


「いえ。それでは足りませんよ、と思いましてね」


「貴様、まだ……!」


「そもそも、俺は金の話なんてしていませんよ」


「は?」


 俺は背もたれから身を起こし、真っ直ぐにイヤネスを見据えた。


「金で解決したいなら、そうですね……白金貨1000枚は頂かないと割に合いません」


「せ、1000枚だと!? ふざけるな! そんな要求が通るわけがないだろう!」


 イヤネスが激昂して立ち上がる。


 俺は静かに首を横に振った。


「でしょうね。ですから、金はいりません」


「……何?」


「契約は三十年前に切れている。つまり、この三十年間、あなた方は無許可で我が家の技術を使い続けていたことになる」


 俺はテーブルの上の証文を指差した。


「俺の要求は一つです。これまで三十年間、この『防錆加工』を施して販売した全ての商品を回収し……防錆を使っていない部品に取り替えてください」


「……は、は?」


 イヤネスが間の抜けた声を上げた。


 意味が理解できていないようだ。


 俺は優しく、噛んで含めるように告げた。


「無断使用を訴える、と言っているんです。契約切れの技術を使った商品は、すべて『違法品』だ。当然、正規の状態に戻すべきでしょう?」


「ば、馬鹿なことを言うな! 三十年分だぞ!? 何万個売ったと思っているんだ! それを全て回収して交換だと!? そんなことをすれば……」


「ええ。莫大なリコール費用がかかるでしょう。そして何より……『ハインツ商会は欠陥品を売っていた』という噂が広まり、商会の信用は地に落ちる」


 俺はニッコリと笑った。


「金はいらないと言いましたよね? 俺は法に則って、権利の侵害を是正してほしいだけです。さあ、どちらにしますか? 白金貨1000枚で過去を清算するか、それとも……商会が潰れるほどのリコール作業に追われるか」


 イヤネスの顔から、サーッと血の気が引いていくのが見えた。


 金の問題ではない。


 これは、商会の存亡をかけた「詰み」の一手だ。



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