表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/137

94. 鉄の味(メイガンサイド)

 石畳を叩くブーツの音が、妙に心地よく響く。


 俺、メイガンは大きく伸びをして、レーマネの乾いた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「あー、せいせいした! やっと解放されたぜ」


 ここ数日、俺たちが何をしていたかといえば、金槌と鋸を持っての馬車作りだ。


 ふざけた話だ。


 俺の手は、剣の道を極めるために豆を潰し、皮を厚くしてきたものだ。


 釘を打つために鍛えたわけじゃない。


「……まったくだ。俺の筋肉も、木材運びより剣を振りたがってうずいている」


 隣を歩くダガンが、太い首をコキリと鳴らして同意する。


 こいつも口数は少ないが、根っからの真面目人間だ。


 ただ、たまに漏らす軽口にはトゲがある。


 俺はふと、宿に残してきたあの小さな「怪物」のことを思い出した。


 アルヴィン。


 アケニース伯爵家の三男にして、俺たちの雇い主だ。


 親父のメイシーがよく言ってたな。


 死んだ友人のアーノルは、基本的には石橋を叩いて渡る慎重な男だったが、たまに度肝を抜くような無茶をやらかす奴だった、と。


 そのアーノルのひ孫が、あのアルヴィンだ。


 だが、俺の目から見れば、血の濃さが逆転しているように思える。


 あいつは「たまに無茶をする」んじゃない。


 息をするように常識を破壊し、思いつきで世界をひっくり返そうとする。


 慎重さなんて欠片もない、「ほとんどめちゃくちゃ」な奴だ。


「……まあいい。おかげで俺たちは修行の時間をもらえた」


 アルヴィンは言った。


 『俺は馬を探しに行くから、お前たちは修行でもしてこい』と。


 やっと本業に戻れる。


 俺は腰の剣の感触を確かめた。


「で、ジョバーブン。あてはあるのか? こんな商売一色の街に、まともな道場なんてあるのかよ」


 俺の問いに、少し前を歩いていたジョバーブンが、ニヤリと口角を吊り上げた。


 このおっさんは、擦れてはいるが常識はある。


 そして、嗅覚は一級品だ。


「甘いな、メイガン。商人の街だからこそ、傭兵が多いのさ。金あるところに争いあり、だ。だが、商人は自分じゃ戦わねぇ。そこで、頭脳労働も単純作業も苦手だが、暴力の才能だけはある……そんな奴らの行き着く先は、いつだって傭兵稼業さ。この街には、そういう連中を鍛え上げる場所が腐るほどある」


「なるほどね。……燃えてきたじゃねぇか」


 最初に訪れたのは、大通りに面した『市民護身剣術・レーマネ会館』。


 看板は立派だが、中に入ると、金さえ払えば誰でも「強くなった気になれる」ような安っぽい空気が漂っていた。


「一番強い奴を出せ。金は払う」


 俺が言うと、奥から着飾った三人の師範代が出てきた。


 だが、構えを見た瞬間に興冷めだ。


 重心が浮き、剣はピカピカの飾り物。


 実戦の「鉄の匂い」が微塵もしない。


「……行くぞ、ダガン」


「ああ、時間の無駄だな」


 踏み込み一閃。


 俺たちが本気を出すまでもなく、三人の「最強」は瞬殺された。


 床に転がる彼らを見捨て、俺たちは早々にその場を後にした。


「次はここだ。……期待していいぞ」


 ジョバーブンが連れてきたのは、路地裏の古びたレンガ造りの建物だった。


 看板はない。


 だが、建物からは怒号と、鉄がぶつかり合う鈍い音が漏れ聞こえてくる。


 中に入ると、熱気でむせ返るようだった。


 百人以上は在籍しているらしいが、今日集まっているのは三十人ほどか。


 型も礼儀もない。


 目潰し、金的、手段を選ばない実戦的な傭兵殺法。


 これだ。


 俺が求めていたのは、こういう泥臭い空気だ。


「師範代クラスとやりたいんだが」


 ジョバーブンの問いに、一人の男が顎で壁をしゃくった。


 そこには、名前が書かれた小さな木の板が、ピラミッドのようにずらりと掛けられていた。


「ここは実力主義だ。強い順に板が上になる」


 立ち上がったのは、その男を含めた三人。


「俺たちでよければ相手をしようか。……あの板の位置、上から数えて20番目から25番目。それが今の俺たちの席だ」


 トップですらない、中堅の傭兵。


 だが、その構えには隙がない。


 戦場で数多の修羅場を潜り抜けてきた、独特の重圧がある。


「俺はメイガン。……手合わせ願おうか」


 俺は剣を抜き、正眼に構えた。


 俺たちは、人生のすべてを剣に捧げてきた。


 毎日、何千回と素振りを繰り返し、呼吸を整え、刃を研いできた。


 その矜持がある。


 こんな街の端くれに、俺たちの研鑽を上回る者がいてたまるか。


「やるか」


 開始の合図はなかった。


 殺気が弾けた瞬間、それが合図だった。


「……ッ、速い!」


 俺の突きを、男は紙一重でかわし、同時に足元の砂を蹴り上げてきた。


 卑怯? いや、これが実戦だ。


 俺は視覚に頼らず、気配だけで剣を薙ぐ。


 金属音が火花を散らす。


 横ではダガンが、巨漢の槍使いと正面からぶつかり合っていた。


「フンッ!!」


 ダガンの剛剣が槍を弾くが、相手も体勢を崩さず、石突きで喉元を狙う。


「……チッ、重いな!」


 ダガンが珍しく苦しげに、しかし嬉しそうに軽口を叩く。


 ジョバーブンも、老獪なナイフ使い相手に、ボロボロになりながらも巧みに立ち回っている。


 強い。


 こいつら、20番台でこれなのか。


 俺たちの誇りが、技術が、全力のぶつかり合いの中で火花を散らす。


 ……数分後。


 俺の剣が男の喉元で寸止まり、ダガンが槍を叩き折り、ジョバーブンが相手を締め落とした。


「……ハァ、ハァ……俺たちの、勝ちだ」


 圧倒なんてできなかった。


 額から滴る汗が、目に入って痛い。


 一歩間違えれば、俺たちが床を舐めていただろう。


「……やるじゃねぇか、アンタら」


 負けた男が、清々しい顔で笑った。


「お前らなら、上位陣ともいい勝負ができるかもな」


「……光栄だね」


 俺は剣を納めた。


 手のひらに残る、重厚な鉄の振動。


 アルヴィンのめちゃくちゃな旅に付き合って、鈍っていた感覚が、この死闘で完全に研ぎ澄まされた。


「最後の一軒も回るつもりだったが……今日は疲れたな。明日にしよう」


 俺は肩を回した。


 心地よい疲労感が全身を包んでいる。


「ああ。今日はもう十分だ。……いい酒が飲めそうだ」


 ダガンが頬の切り傷を拭いながら、真面目な顔で同意した。


 俺たちは道場を後にした。


 夕日に染まるレーマネの街。


 剣の道は、やはり深く、そして熱い。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ