87. 無駄遣いと、焼き締めの儀式
マンダルが魂を削って叩き出した200個のベアリング球。
それが作業台に並んだ瞬間、俺は間髪入れずに次の指示を飛ばした。
「よし、完璧だ。じゃあマンダル、次は板バネだ。24枚な」
「……あ?」
マンダルの動きが止まった。
作業台に突っ伏そうとしていた体勢のまま、首だけがギギギと俺の方へ向く。
「特殊鋼を使って、一枚ずつ厚みとカーブを変える。重ねた時に最適な減衰力を出すために調整が必要だ。あと、操舵のナックルアームも頼む。ここは命に関わるから、継ぎ目のない一体成型でな」
俺が笑顔で地獄のメニューを読み上げると、マンダルの顔色が赤から青、そしてドス黒い紫色へと変貌した。
「貴様ァァァ!! ワシを殺す気かァァァ!! 200個の玉を作った直後に、板バネ24枚じゃと!? 指がもげるわボケェ!!」
「できるだろ? 国宝級の鍛冶師なんだから」
「おだててもやらんぞ! ワシは寝る! 今ここで寝る!」
マンダルが床に大の字になろうとした、その時だ。
「ようボス。差し入れだ。旨い串焼き買ってきたぞ」
「おう、良い匂いがするだろ?」
工房の扉が開き、メイガンとダガンが入ってきた。
二人は悠長に串焼きを頬張りながら、地獄のような工房を見渡した。
「……なんだこれ。戦場か?」
ダガンがぽかんと口を開ける。
その瞬間、俺とカイル、そしてマンダルの視線が、同時に二人に突き刺さった。
俺の口角が上がる。
「良いところに来たな、筋肉ダルマとスピード狂」
俺は満面の笑みで手招きした。
「ダガン、お前、握力いくつだ?」
「へ? まあ、リンゴを握りつぶすくらいは……」
「合格だ。カイル! この筋肉を使おう!」
俺の号令に、カイルが素早く反応した。
「おいデカいの! こっちへ来い! バイスが足りん! その鉄板の端を持て! 俺がハンマーで叩く間、絶対に動かすなよ!」
「え、あ、はい!」
「メイガン! お前は動体視力がいいな!? カエルが削ってる木材のささくれ、全部チェックしろ! 一本でも残したら許さんぞ!」
「はぁ!? なんで私がそんな地味な……」
「文句言うな! やれ!」
カイルの一喝に、メイガンがビクッとして「ちっ、わかったよ!」と作業台に向かう。
こうして、新たな生贄を得た工房は、さらなるカオスへと突入した。
カンッ、カンッ、カンッ!!
「オラァァァ!! 板バネ一丁上がりじゃァァ!!」
ヤケクソになったマンダルが、狂ったような速度でハンマーを振るう。
その衝撃を支えているのは、人間万力と化したダガンだ。
「ぐおおおお!? 手に響くぅぅ!!」
「いいぞダガン! そのまま固定だ! 筋肉で衝撃を吸収しろ!」
「ボス! 鉄板からの熱がすごいって! 顔が焼ける!」
「我慢しろ! お前の胸筋は火傷くらいじゃ死なない!」
一方で、メイガンはカエルの横で高速チェックを行っていた。
「そこ! まだバリが残ってる!」
「ひぃ! 速すぎて見えません!」
「目の前だろうが! ……貸せ、私がやる!」
シュパパパパッ!!
メイガンが小刀をひったくり、神速の手つきで木材を仕上げていく。
削りカスが噴水のように舞い上がる。
「す、すげぇ……」
カエルが呆然と見惚れているが、やってることはただのヤスリがけだ。
「おいスピディ! 水だ! 焼き入れ用の樽に水を足せ!」
「へいへい! またパシリっすかァァァ!!」
鉄を打つ音、木を削る音、怒号、悲鳴。
全員が汗と煤にまみれ、目の前の作業に没頭している。
そして夕暮れが近づき、工房が茜色に染まる頃、最大の難所がやってきた。
「よし……最後は『焼き締め』だ」
カイルとマンダルが、炉の中で真っ赤に熱せられた鉄輪を、やっとこで挟み出す。
「ダガン、ポムキン! 車輪を押さえろ! 絶対に動かすな!」
「おう!」
「……(フンッ!)」
「いくぞ……せーのッ!」
ジュゥゥッ!!
焦げ臭い匂いと共に、鉄輪が木枠に嵌め込まれる。
「水だ! かけろォォ!!」
スピディたちが桶の水を一斉にぶっかけた。
ジュワアアアアアアアアアッ!!!
猛烈な水蒸気が工房全体を包み込んだ。
霧の中で、鉄が収縮し、木を締め上げる「ギチチチ……」という音が響く。
「……どうだ?」
蒸気が晴れると、そこには鉄の鎧を纏った、頑強な車輪が鎮座していた。
歪みなし。
完璧な焼き締めだ。
「……できた」
マンダルがその場にへたり込んだ。
ダガンも痺れた腕をさすりながら煤だらけで呟く。
「バケモンだ、この爺さんたち……」
カイルが満足げにパイプに火をつけた。
「ふぅ……。悪くない締め具合だ」
「よし、これで全部品が揃ったな」
俺は作業台に並べられたパーツの山を見渡した。
マンダルの精密部品、メイガンが仕上げたフレーム、カイルと俺の分割車軸。
「さあ、ここからが一番楽しい時間だぞ。組み上げだ。……今夜も寝かせないからな?」
「「「勘弁してくれェェェ!!」」」
職人と筋肉たちの絶叫が、夜のレーマネに木霊した。




