84. 頑固ジジイと、生意気な設計図
宿に到着するなり、マンダルは「もう一歩も動けん……」とベッドに沈み込み、ジョバーブンも「俺は爺さんの護衛ってことで残るわ。酒飲みたいし」と早々にリタイアした。
一方、若手二人は元気なものだ。
「この街の肉はレベルが高いらしいね」
「おう、筋肉が良質なタンパク質を求めてる。行くぞメイガン」
メイガンとダガンは、肉の匂いを嗅ぎつけてどこかへ消えてしまった。
あいつらの行動力、半分くらいマンダルに分けてやりたい。
「さて、と。俺たちも行くか」
「へい! どこへでもお供しやすぜ、ボス!」
「……(コクッ)」
俺はスピディとポムキンを引き連れ、かつての記憶を頼りに路地裏へと向かった。
◇
大通りの喧騒から外れ、迷路のような路地を進むこと数分。
油と鉄の匂いが濃くなる一角に、その工房はあった。
「……ここか?」
スピディが眉をひそめる。
「なんか、ボロ……いや、味のある建物っすね」
確かに、以前来た時よりも敷地は3倍ほどに広がっている。
だが、看板の一つも出ていない。
壁は煤け、屋根はつぎはぎだらけ。
入り口からは、カンカンという金属音と、木を削る音が漏れ聞こえてくる。
あの馬車展示場の店主が「伝説」と崇めていた場所とは到底思えない店構えだ。
(変わってねぇな……)
俺はニヤリとした。
飾り気なし、実力一本。
いかにもカイルらしい。
「入るぞ」
扉を開けると、熱気が吹き出してきた。
中は雑然としているが、不思議と散らかった印象はない。
道具は定位置にあり、床には削りくずが積もっている。
4人の職人が黙々と作業をしていたが、入口に立ったポムキンの巨体に気づくと、ギョッとして手を止めた。
「な、なんだあんたら……?」
その視線の先、工房の隅にあるボロい椅子に、一人の老人が座っていた。
白髪交じりの頭に、頑固そうなシワ。
手には使い込まれたパイプを持っている。
「……何か用かね?」
老人が低い声で言った。
その目は、年齢を感じさせないほど鋭い。
俺は物怖じせずに歩み寄った。
「いやぁ、大車輪亭でここの馬車を見かけてね。なかなかいい仕事をしてる」
「は?」
「でも、非売品だって言われたからさ。なら、自分で設計して作ってもらおうと思って来たんだ」
俺が胸を張って言うと、職人たちが顔を見合わせ、最後に老人が「プッ」と吹き出した。
「クックック……。自分で設計、だと?」
老人は腹を抱えて笑った。
「坊主、ここは玩具屋じゃないぞ。馬車作りってのはな、積み木遊びとはわけが違うんだ。ガキの思いつきで走るほど甘くはないぞ」
「知ってるよ。重心バランスが狂えば横転するし、バネが硬すぎれば荷物が跳ねて壊れる」
「……ほう?」
老人の目が少しだけ細められた。
俺は工房を見渡しながら、何食わぬ顔で聞いた。
「ところで、カイルさんはいる?」
「……ワシだが?」
老人が親指で自分を指した。
(おー、生きてた! すっかりおじいちゃんだな)
俺は心の中でガッツポーズをした。
70歳オーバーにしては覇気がある。
よく生きていてくれた。
「なるほど、あなたがカイルさんか。それなら話は早い。じゃあ、さっそく図面を引くから、道具を貸してくれない?」
「……はぁ」
カイルは呆れたようにため息をついた。
「困った子供だ。……まあいい、奥の机に紙くずがある。裏でも使って落書きしてな」
完全に子供扱いだが、構わない。
俺は奥の執務机に向かった。
その時、一人の職人が部品を持ってカイルの元へ来た。
「大親方、これでどうですか?」
カイルは老眼鏡をかけて部品を睨みつけた。
「……軸心がズレてる。やり直しなさい」
(衰えてねぇなぁ……)
俺は嬉しくなりながら、机の上の紙を拝借し、猛烈な勢いでペンを走らせた。
ガリガリガリガリッ!!
まずは基本構造。
既存の「板バネ」の上に、さらに車室を革ベルトで宙吊りにするハイブリッド・サスペンションを描き込む。
次は操舵関係。
小回りが利くリンケージと、密閉式のベアリングを封入。
そして馬具だ。
首を絞める「首輪型」ではなく、胸と肩で荷重を受けるタイプへ仕様変更。
これなら馬の呼吸を妨げない。
「そうだ、幌も新調するか。スピディ!」
俺は書き上げたメモを千切り取り、スピディに投げ渡した。
「布だ! 厚手のキャンバス地、デカイのを5枚探してこい! あと防水用の油と蝋もな!」
「えぇ!? 作るんすか!? わ、わかったっすよぉ!」
スピディが店を飛び出していく。
その騒ぎに、カイルが眉をひそめて立ち上がった。
「おい坊主、何を勝手に……」
カイルが俺の机に近づき、手元の紙を覗き込んだ。
「……ん?」
カイルの動きが止まった。
その目が、点になる。
「……は? おい、なんだこれは」
老眼鏡がずり落ちるのも構わず、カイルは俺の図面に顔を近づけた。
「この……板バネと吊り下げの複合構造……。それに、この馬具の形状……気管を避けて、胸で引かせるつもりか……?」
俺はニカっと笑って顔を上げた。
「どう? これなら『百年乗っても壊れない』上に、『百年乗ってもケツが痛くならない』馬車になると思わない?」
カイルは図面と、俺の顔を交互に見た。
「……坊主、お前……」
「さあ、カイルさん。道具を貸してくれよ。忙しくなるぜ?」
俺はペンを回しながらウィンクした。
伝説の再始動だ。




