83. 時代を超えた発明と、幻の工房
宿に荷物を預けた俺たちは、すぐに馬車を求めて街の大通りへと繰り出した。
レーマネには大小様々な馬車商会がひしめいているが、俺たちはその中でも最大級の展示場を持つ『大車輪亭』へと足を運んだ。
広大な敷地に、数百台もの馬車がずらりと並んでいる。
荷馬車、客馬車、貴族用の箱馬車……。
「へぇ、こりゃ壮観だ。選び放題だな」
ジョバーブンが感心したように口笛を吹く。
俺は並んでいる馬車の下回りを何気なく覗き込み――そして、目を見開いた。
「……あ」
思わず声が漏れた。
目の前の馬車の車軸部分。
そこに、見覚えのある鉄板が何枚も重ねられ、弓なりのカーブを描いて取り付けられていたからだ。
隣の馬車を見る。
ついている。
その隣も、さらにその奥の安い荷馬車にさえ。
(……板バネだ。本当に、隅々まで浸透してるんだな)
かつて俺が前世で、この街の修理屋カイルと共に開発した衝撃吸収機構。
それが今や、この大陸の「当たり前」になっていた。
昔、アサータクさんと旅をした時のことを思い出す。
あの頃の馬車は、石を一つ踏むだけで脳天まで響く衝撃が走り、本気でケツが砕けるかと思ったものだ。
今回ここまで乗ってきた馬車も、ガタガタ揺れはしたが、昔ほどの殺人的な衝撃はなかった。
整備不良で機能していなかっただけで、あれにも板バネが付いていたのかもしれない。
俺が感慨深く馬車を眺めていると、一台の箱馬車の前で足が止まった。
派手な装飾はないが、木組みの精度、鉄の焼き入れ、そしてバネの重なり方……そのすべてが、周囲の馬車とは一線を画していた。
「おや、お目が高い。坊ちゃん、良いものをご存知で」
揉み手をした店主らしき男が近づいてきた。
「それは『カイル馬車工房』の製作による一品ですよ」
「カイル馬車工房……」
俺の心臓が、トクンと跳ねた。
「ええ。カイルの馬車は完全オーダーメイドのみ。こういう市場に出回ることはまずありません。これは注文主の商人がキャンセルしたために、幸運にもこちらに流れてきたものです。……もっとも、非売品ですがね」
「非売品?」
「ええ。よほどの高値を積まれても譲りたくない、ウチの看板商品ですよ」
店主は誇らしげに車体を撫でた。
俺は、こみ上げる懐かしさと不安が混ざったような気分で問いかけた。
「……カイルさんは、まだ生きているんですか?」
俺がカイルと出会ったのは、彼が28歳くらいの時だったはず。
俺が死んだのが37歳。
それから空白の20年を経て、今の俺は6歳。
単純計算で、生きていればカイルは71歳になっているはずだ。
この厳しい世界で、職人がその年齢まで現役でいるのは並大抵のことではない。
「ええ、ご健在ですよ。といっても、今はもうほとんど引退状態で、息子さんたちが継いでいますがね。それでも、ここぞという時の仕上げはカイル翁が自ら行うとか」
(生きている……。あいつ、まだ現役なのか)
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「その工房はどこにあるんですか? 直接行ってみたいんです」
「ははは、坊ちゃん。あそこは予約が数年先まで埋まっている伝説の工房ですよ。行っても門前払いが関の山だ。場所はここから東の……職人街の裏路地、ちょうど大きな煙突が見える角を曲がった先ですがね」
店主が指した方角を聞いて、俺は確信した。
(……やっぱり、あの時のままだ)
俺とカイルが泥まみれになりながら、最初の試作車を作り上げたあの薄暗い裏路地。
大成功を収めた後も、あいつは場所を変えずに仕事を続けていたのか。
「ボス、どうする? ここで手頃なやつを買っていくか?」
ジョバーブンが聞いてくるが、俺の答えは決まっていた。
「いや、行こう。カイルの工房へ」
俺は地図を懐にしまい、足早に歩き出した。
会えるかどうかはわからない。
俺が「アルヴィン」という子供である以上、あいつには俺が誰だかわからないだろう。
それでも、あいつが作り上げた「時代」の続きを、この目で見に行きたかった。




