81. 焚き火と、嘘のような復讐譚
日は沈み、荒野は急速に冷え込み始めていた。
俺たちは風除けになる岩場の陰に馬車を止め、野営の準備を整えた。
パチパチと薪が爆ぜる音が、静寂に響く。
鍋からは、マンダルが作った根菜のスープの香ばしい匂いが漂っていた。
「……ふぅ。生き返るな」
俺は熱いスープをすすり、向かいに座る二人を見た。
メイガンとダガンだ。
彼らは食事の前だというのに、奇妙な習慣をこなしていた。
ダガンは、燃え盛る焚き火のすぐそばで、中腰のまま静止している。
汗一つかかず、呼吸の音さえ聞こえない。
一方、メイガンは、焚き火から舞い上がる火の粉を目で追い、それを箸で掴もうとしていた。
「……なぁ、君たち。ご飯の時くらい休んだら?」
俺が呆れて声をかけると、二人は同時に動きを止めた。
「悪いなボス。習慣なんだ。親父が『飯を食う前には必ず自分を追い込め』ってうるさくてな」
「私もだよ。親父が『空腹時こそ感覚が研ぎ澄まされる』とか言って、飛んでいる虫を一匹掴むまで飯抜きにされたからね」
二人はスープ皿を受け取り、一息ついた。
俺は焚き火に薪をくべながら、以前から気になっていたことを尋ねた。
「なあ。二人の父さんが怪我をしたっていう『最後の戦い』……本当は何があったか、もっと詳しく聞いてるか?」
ダガンが焚き火を見つめながら、重い口を開いた。
「……親父たちは、それを『友の家族の仇討ち』だったと言っていた。ある友人の家族が理不尽に殺されて、その復讐に付き合ったんだと」
心臓が跳ねる。
そうだ。
あの時、俺は彼らと一緒にいた。
「相手は選りすぐりの手練れが8人。対するこちらは、親父とメイシーさん……そして、その友人である『アーノル』という男の3人だけだったらしい」
ダガンの口から自分の前世の名が出て、喉の奥が熱くなる。
8対3。
絶望的な数差の中、俺たちは怒りに燃えて敵陣に突っ込んだのだ。
「親父は、その戦いで片腕を失うほどの深手を負った。……笑っちまうのは、親父の『本職』さ」
ダガンが自嘲気味に笑う。
「親父はただの『農家』だ。騎士でも傭兵でもねぇ。剣の才なんて欠片も持っちゃいない、ただ鍬を振るうだけの男だ。そんな素人が、8人ものプロを相手に、片腕を無くしながらも一歩も引かずに暴れ回ったなんて……ホラ話にしても無理があるだろ?」
メイガンも頷き、冷めた目で焚き火を見た。
「親父もだよ。メイシーはただの田舎の自警団員さ。ちょっと足が速いだけで、特別な訓練を受けたわけじゃない。それが手練れ4人を同時に引き受けて、全員斬り伏せた代償に両足をズタズタにされたなんて……。人間業じゃないよ。ただの無茶だ」
彼女たちは信じていないのだ。
システム的な「能力」など見えない彼らにとって、父たちが成し遂げたことは、常識では説明がつかない「嘘のような英雄譚」でしかない。
ただの農夫が不屈の精神で耐え抜き、ただの自警団員が神速で駆け抜けた。
その凄まじさを。
「……俺は、信じるよ」
俺は真っ直ぐに二人を見た。
「え?」
「農家だったからこそ、お父さんは誰よりも粘り強かったんだろう。特別な才能があったわけじゃない。ただ、友人のために、自分の心が折れるのを許さなかっただけだ。それは、どんな剣豪よりも凄いことだよ」
そうでなければ、あの地獄を生き残れるはずがない。
俺の仇討ちに、人生の全てを賭けて付き合ってくれたあいつら。
「……馬鹿な親父たちだよ」
メイガンが吐き捨てるように言ったが、その瞳には焚き火の炎が熱く宿っていた。
「『あの時、俺たちは本当の意味で、自分の足で立っていた』って……足を失った親父が誇らしげに言うんだよ。守りたかった友人のために、すべてを使い果たしたことが、あいつらの勲章だったんだろうね」
俺は喉の奥の震えを飲み込み、努めて明るい声を出した。
「きっと、その友人も君たちのお父さんに感謝しているはずさ。……最高の戦友を持ったってね」
かつての友が残した絆は、今、彼らの子供たちの剣筋となってここに在る。
マンダルの高いいびきが聞こえる中、荒野の夜は静かに更けていった。




