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キングスレイヤー真  作者:


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76/136

76. 金で買える安全と、荒野へのショートカット

 山賊騒ぎから一夜明け、馬車は次の宿場町クラブを目指して走っていた。


 この町を越えると、いよいよ西の大国群へ続く国境地帯に入る。


 昼下がり。


 小窓がコンコンと叩かれた。


「へいボス、ちょっと作戦会議いいですか?」


 スピディの声だ。


 いつもより少しトーンが真面目だ。


 俺は小窓を開けた。


「どうした? トイレ休憩ならさっき行ったばかりだぞ」


「違いますよ。これからのルートについてです」


 スピディが地図を片手に説明を始めた。


「この先、クラブの街を抜けると、通称赤土の荒野ってのが広がってるんです」


 彼は地図の一点を指差す。


「ここを真っ直ぐ突っ切ればレーマネまで最短距離なんですが……」


「ですが?」


「治安が最悪でして」


 スピディは顔をしかめる。


「山賊はもちろん、凶暴な肉食獣もウヨウヨいます。おまけに水場もないから、数日は完全な野宿になります」


 野宿。


 その単語を聞いた瞬間、マンダルが過剰反応した。


「野宿じゃと!?」


 彼は身を乗り出す。


「ふざけるな! わしの腰を殺す気か!」


「そうなんですよマンダルさん。しかも夜襲のリスクが高い」


 スピディは首を横に振った。


「俺とポムキンの旦那は強いですが、さすがに二人だけで警戒し続けるのはキツイっす。寝込みを襲われたら、馬車ごと黒焦げになるかも」


 彼は地図に別の線を引くように指を動かす。


「なので提案です。ここから少し北に迂回して、正規軍が巡回している交易路を行きましょう」


 自信ありげに頷く。


「日数は五日ほど余計にかかりますが、ベッドで寝られますし、命の保証付きです」


 なるほど。至極まっとうな提案だ。


 安全第一。御者としては満点の判断だろう。


「治安が悪いっていうのは、ただの無法地帯ってだけか?」


 俺が聞くと、スピディは声を潜めた。


「いえ、実は南に隣接してるモグロン王国が絡んでるって噂でして」


 彼は周囲を気にするような素振りを見せる。


「あの国、自分たちの領土を通る商人から高い税金を取るために、この近辺のフリーの街道に盗賊や山賊を送り込んでるらしいんです」


「なるほど。ここを通りにくくして、自国へ誘導する作戦か」


「ええ。だからタチが悪いんすよ。相手は組織化されてる可能性があります」


 俺は地図を見た。


 迂回路は大きく蛇行している。


「……五日か。往復で十日。時間のロスが大きいな」


「命あっての物種じゃぞアルヴィン!」


 マンダルが必死に食い下がる。


「五日くらいなんじゃ! わしは安全なベッドで寝たいんじゃ!」


 俺は腕を組み、スピディに尋ねた。


「スピディ。その荒野ルート、道自体は馬車で走れるのか?」


「ええ、地面は固いんで走れなくはないです」


 彼は腕を組む。


「問題はやっぱり数ですね。敵がワラワラ湧いてきたら、ポムキンの旦那が前で無双してても、後ろから回り込まれたらアウトなんで」


 つまり、戦力不足。


 防御の穴があるということだ。


「なら、話は簡単だ」


 俺はパンッと手を叩いた。


「穴があるなら埋めればいい」


「へ? 埋めるって、誰が?」


「金で埋めるんだよ」


 俺はニヤリと笑った。


「次のクラブの街には、急ぎの商人やわけありの旅人も集まるだろう?」


 俺は言葉を続ける。


「そういう場所には、必ず荒事に慣れた連中がたむろしているはずだ」


「ああ、なるほど。用心棒ですか」


「そうだ。そこで人を雇おう。それも、とびきり強くて数の多いやつらを」


 車内が静まり返った。


 マンダルが口をパクパクさせている。


「……よ、傭兵じゃと?」


 彼は信じられないという顔をした。


「あの、ガラの悪い、金のためなら人を斬るような連中を?」


「人聞きが悪いな。彼らは民間の安全保障専門家だよ」


「言い換えてもガラの悪さは変わらんわ!」


 マンダルは叫ぶ。


「そんな連中と一緒に旅をするなど、わしは御免じゃぞ! 寝首をかかれるかもしれん!」


 マンダルの偏見がすごい。


 だが、スピディは少し考え込み、ニカっと笑った。


「なるほど、その手がありましたか! つまり金に物を言わせて軍隊を作るってことですね?」


「その通り」


 俺は頷く。


「護衛が二人で足りないなら、十人でも二十人でも増やせばいい。そうすれば夜も交代で見張れるし、マンダルさんも安心して野宿できるだろ?」


「野宿は確定なのか!? わしはベッドがいい!」


 マンダルの叫びを無視して、俺は方針を決定した。


「よし、決まりだ。クラブの街に着いたら、すぐに傭兵を雇う」


 俺はスピディを見た。


「スピディ、腕利きが集まる酒場を知ってるか?」


「へへっ、任せてください」


 彼は胸を叩く。


「俺、そういう裏情報は大好物なんで。とびきり荒っぽくて使える連中を見繕いますよ」


「頼んだぞ」


 俺たちはハイタッチをした。


 マンダルだけが頭を抱えて、ブツブツと呟いている。


「……終わった」


 彼は絶望したように目を閉じる。


「山賊に囲まれるか、傭兵にカツアゲされるかの二択じゃ。わしの老後は、荒野の土と共に消えるんじゃ……」


「大丈夫だよマンダルさん。傭兵にはボーナスを約束すれば、最高に忠実な番犬になるから」


「お前のその、人の心を金で換算する癖はどうにかならんのか……」


 夕暮れ前、馬車は国境の街クラブに到着した。


 ここは荒野への入り口だけあって、行き交う人々も武装した者が多い。


 空気もどこか殺伐としている。


「ひぃ……みんな人相が悪い……」


 マンダルが馬車の窓から怯えたように外を見ている。


 俺たちは宿に馬車を預けると、早速行動を開始した。


「マンダルさんは宿で休んでていいよ。ポムキン、ついててあげて」


「……」


 ポムキンは無言で頷く。


「嫌じゃ! この鉄の塊と二人きりはもっと怖い! わしも行く!」


 結局、マンダルもついてくることになった。


 スピディの案内で向かったのは、街一番の賑わいを見せる酒場だ。


 荒野の牙亭というらしい。


 急ぎの商人たちが護衛を探しに来る、いわば非公式な斡旋所のような場所だ。


 ギィィィ……。


 重い扉を開けると、紫煙とアルコールの匂い、そして男たちの怒号が渦巻いていた。


 典型的な荒くれ者の巣窟だ。


「お、おいアルヴィン、帰ろう」


 マンダルが俺の服の裾を掴んで震えている。


「ここは子供と老人が来ていい場所じゃない……」


 だが、スピディは慣れた様子でカウンターへ歩き出した。


「へいマスター! 景気のいい話を持ってきたぜ!」


 店中の視線が俺たちに集まる。


 値踏みするような、粘着質な視線。


 俺は気にせず、店の真ん中のテーブルに金貨袋をドンと置いた。


 チャリ……。


 重たい音が響き、店内の喧騒が一瞬止まった。


「……さて」


 俺は椅子によじ登り、店内を見渡して声を張り上げた。


「明日から赤土の荒野を越えて西へ向かう! 期間は国境まで!」


 俺は胸を張る。


「仕事内容は単純、俺たちの馬車を何があっても守り抜くことだ!」


 男たちが顔を見合わせ、ニヤニヤと笑い始めた。


 一人の大男が近づいてくる。


「おいおい、お坊ちゃん。迷子か?」


 男はあざ笑う。


「ママのおっぱいでも吸って――」


 俺は袋の紐を緩め、中身を少しだけ見せた。


 金色の輝きが漏れ出す。


「報酬は相場の三倍だ」


 俺は声を低くした。


「……ただし、腕が立つ奴しかいらない。雑魚は座ってろ」


 瞬間、店内の空気が変わった。


 嘲笑が消え、ギラギラとした欲と殺気が膨れ上がる。


「……相場の三倍だと?」


「おい、マジかよ」


 マンダルがひぃぃぃと悲鳴を上げてポムキンの背後に隠れる。


 俺はニッコリと笑った。


「さあ、面接を始めようか。我こそはという奴、前に出ろ」


 金で安全を買うショッピングの始まりだ。


 マンダルの胃痛は、たぶん最高潮に達している。



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