74. 暴走する旅程と、流される巨匠
馬車は快調に街道を爆走していた。
窓の外では、夏草が生い茂る平原がビュンビュンと後ろへ飛び去っていく。
「……おい、アルヴィン」
「ん? どうしたの、マンダルさん」
「さっきから太陽の位置がおかしいんじゃ」
マンダルが疑いの眼差しを向けてくる。
「クルム村へ帰るなら背中に日差しを浴びるはずじゃが、なんで真正面から西日が差しておる?」
さすがは職人だ。
空間把握能力が無駄に高い。
「気のせいだよ。季節によって太陽も迷子になるんだ」
「なるか! お日様は東から昇って西に沈むのが世界の理じゃ!」
マンダルが吠える。
俺は小窓をコンコンと叩いた。
「スピディ、現在の進行状況は?」
小窓が開き、スピディが器用に顔を逆さまに覗かせた。
「へいボス! 現在、北の主要街道を順調に進行中!」
逆さまのままニカッと笑う。
「このペースなら夕方にはセロンの街に着きますぜ!」
「よし。で、このままアインクラを目指す場合のルートはどうなってる?」
スピディは天井を見上げるように考えた。
「アインクラっすね」
逆さまなので、実際は地面を見ている。
「ボスがフカフカのベッドじゃなきゃ寝れないって仰るなら、街道沿いの宿場町を繋いでいくルートになります」
彼は言葉を切って少し考える。
「安全で快適ですが、遠回りになるんで日数は結構かかりますね」
「ふむ、日数がかかるか……」
俺は腕を組み、マンダルを見た。
彼はほら見ろ、遠いじゃないかという顔をしている。
「なら、予定変更だ」
俺は地図を広げた。
「まずは西の商業都市国家、レーマネに行く」
「は?」
マンダルとスピディの声が重なった。
「れ、レーマネじゃと!?」
マンダルが身を乗り出す。
「あそこは西じゃぞ! 北東の村とは真逆じゃ!」
「そうですねぇ、方向で言うと完全に逆走っすね!」
スピディが明るく肯定する。
「レーマネで資金と情報を集める。それから北上してアインクラへ向かい、装備を整える」
俺は指で地図のルートをなぞった。
「その後、国境を越えてナバラ帝国領内へ入るルートで行こう」
車内に沈黙が落ちた。
マンダルが震える指で俺を指差す。
「……な、なばら……? ていこく……?」
「うん。ちょっとチャランポって奴に会いに行こうと思って」
「海外旅行になっとるじゃろうがァァァ!!」
マンダルの絶叫が車内に響き渡った。
「わしは! 村に帰って! カブを育てたいんじゃ!」
マンダルが頭を抱える。
「なんで帝国の土を踏まなきゃならんのじゃ!」
「カブなんてどこでも育つよ。帝国のカブは大きいぞー?」
「そういう問題ではない!」
マンダルがドアに手をかける。
「わしを降ろせ! ここで降ろせ!」
ガチャガチャとノブを回すが、俺が外から鍵をかけているため開かない。
「諦めなよマンダルさん。もう旅は始まってるんだ」
俺は地図をしまった。
「それに、レーマネには美味い海鮮料理があるし、アインクラには最高級の鉄がある」
さらに言葉を重ねる。
「帝国には……まあ、何かあるだろう」
「動機が雑!」
マンダルが座席に深く沈み込んだ。
「……わしは誘拐されたんじゃ……」
彼は恨めしそうに呟く。
「可憐な老人をさらうなんて、悪魔の所業じゃ……」
「人聞きの悪い。これは技術顧問の海外視察だよ」
俺は笑顔を向ける。
「経費は全部アケニース持ちだ」
「経費……タダ飯か……」
マンダルの耳がピクリと動いた。
本当にちょろい。
小窓の向こうで、スピディが親指を立てた。
「了解です、ボス!」
彼はウインクをする。
「レーマネ経由でアインクラ、そして帝国っすね!」
外の景色に目を向ける。
「いやぁ、燃えるルートだなぁ! 密入国したとしてもついていきますよ」
スピディが窓から消えた。
本当に頼もしい御者だ。
倫理観以外は完璧である。
夕暮れ時。
馬車は石造りの城壁に囲まれた街、セロンに到着した。
前回、王都へ向かった際は緊急事態だったため素通りした街だ。
今回はゆっくりと滞在できる。
「着いたぞ、マンダルさん。セロンの街だ」
俺が声をかけると、マンダルは死んだ目で窓の外を見た。
「……知っておる。ここは物流の中継地点……」
彼はため息をつく。
「騒がしいだけの街じゃ……」
「そう言うなよ。ほら、あそこの屋台、美味そうな串焼き売ってるぞ」
「……ふん。油ギトギトじゃろうて」
「あっちの酒場からは、冷えたエールの香りがするな」
「……ぬるいエールほど不味いものはないからのぅ」
文句ばかり言っているが、視線が完全に食べ物に釘付けだ。
宿屋の前に馬車を止めると、スピディが軽やかに飛び降りた。
続いて、荷台の横にずっとへばりついていたポムキンが、ズシンと地面に降り立つ。
その背中には巨大な鉄塊がある。
通行人たちが息を呑んで道を空けた。
「ポムキン、威圧感漏れすぎ。もっと一般市民に溶け込んで」
「……」
ポムキンは無言で頷き、少し背中を丸めた。
熊が猫背になっただけで、余計に不審者感が増した。
「……もういい。荷物頼む」
俺たちは宿に入った。
一階は酒場になっており、活気ある声と料理の匂いが充満している。
「いらっしゃい! 宿泊かい?」
女将さんが声をかけてくる。
俺は金貨を一枚、カウンターに置いた。
「一番いい部屋を二つ」
金貨を指で弾く。
「それと、一番美味い料理と酒を、この爺さんが倒れるまで持ってきて」
その瞬間。
マンダルの背筋がシャキッと伸びた。
「……ほう。一番美味い料理、とな」
「そうだよ。経費だからね」
「……まあ、腹が減っては戦ができんからの」
マンダルはわざとらしく咳払いをする。
「拉致された被害者として、精一杯の暴食をしてやろう」
仕方ないのぅという顔をしながら、誰よりも早く空いている席に座った。
スピディもやったぜと隣に座る。
「さて、と」
俺も席につき、メニューを開いた。
周囲の喧騒、食器のぶつかる音、笑い声。
コジインの穏やかな空気とは違う、旅の空気だ。
「スピディ。飯食いながらでいいから、明日のルートを詰めよう」
「へい!」
スピディが身を乗り出す。
「レーマネへ向かうなら、街道を西に逸れる必要があります」
彼は手振りも交えて説明する。
「途中に峠越えがありますが、俺の腕なら馬車ごと横滑りさせながらコーナーを攻められますぜ」
「峠を攻めなくていい。マンダルさんの腰が砕ける」
「わしの腰はもう限界じゃぞ……」
マンダルがテーブルを叩く。
「おい、エールはまだか!」
完全に順応していた。
こうして、奇妙な旅の初夜が更けていった。
目指すは西、金の都レーマネ。
これは俺の情報収集と、長年酷使した友人への、せめてもの罪滅ぼしの旅の第一歩だ。




