67. 冬の工房と、小さな助手たち
屋敷に戻る馬車の中で、俺は羊皮紙にペンを走らせていた。
石鹸製造に必要な機材のリストだ。
大型の銅鍋、撹拌機、乾燥棚、そして大量の原材料。
「スピディ」
「へい」
「明日から大仕事だ」
俺は書き上げたリストと、ずしりと重い革袋を御者台の隙間から渡した。
「このリストにあるものを全て揃えてくれ。金に糸目はつけない」
革袋の中には、前世の遺産としてこっそり回収した金貨がたっぷりと入っている。
父の財布ではない、俺個人の軍資金だ。
「へへっ、こいつは景気がいい」
スピディが袋の重さを確かめ、ニヤリと笑う。
「……で、手数料は?」
「いつも通りだ」
俺は窓から冷たい風を浴びながら答える。
「金貨数枚くらいならな」
「さすが坊ちゃん! 分かってらっしゃる!」
スピディの弾んだ声が響く。
「いやぁ、この仕事だけはやめられねぇなぁ!」
彼のような裏社会と繋がりの人間にとって、適度なピンハネのようなやり方はモチベーション維持に役立つ。
持ってくる機材はいつも一級品なので、多少の手数料など安いものである。
「頼んだよ」
俺は鉛色の空を見上げた。
「寒さが厳しくなる前に搬入を済ませたい」
「任せてくだせぇ!」
手綱を握る手に力がこもる。
「俺のコネを総動員して、最速で揃えてみせますよ!」
それから数日後。
コジインの敷地内に、急ピッチで準備された石鹸工房が稼働を始めた。
真新しい銅鍋が並び、ランダルが設計した精巧な金型が積み上げられている。
だが、すぐに問題が発生した。
「……あー、アルヴィン様。ちょっと相談があるんだ」
一応敬語で話すことにした作業着姿のランダルが、困り果てた顔で俺を呼び止めた。
「機材は最高だ」
ランダルは銅鍋を指差す。
「爺ちゃんが作った金型も完璧だ。……ただ、手が足りんせん」
彼は深くため息をついた。
「油脂の温度管理をしつつ、撹拌を行い、タイミングを見て香料を投入し、型に流し込む」
疲労の滲む目で俺を見る。
「この工程、一人じゃ無理」
確かに、彼は製造責任者だが千手観音ではない。
俺が手伝うわけにもいかず、助手が必要だった。
俺は工房の外へ出た。
雪合戦をして遊んでいる孤児たちに向かって声を張り上げる。
「おーい! 仕事したい奴はいるかー!」
雪原に声が響く。
「お駄賃弾むぞ! お菓子も食べ放題だ!」
真っ先に手を挙げて走ってきたのは、マルディだった。
「やる! 俺、やるよ!」
雪まみれの顔で力強く頷く。
「アルヴィン様の頼みなら、俺は何でもやる!」
八歳の彼は忠誠の能力を持っているだけあって、俺への反応がすこぶる良い。
彼に続いて、読み書きができる年長の子供たち数人も集まってきた。
「よし、採用だ」
俺はランダルを振り返った。
「ランダル、彼らを使いこなしてくれ」
「助かります!」
ランダルが子供たちに向けて手を叩く。
「さあ皆、まずは手を洗って白衣に着替えてくれ!」
それからは、春まで石鹸開発とトレーニングに明け暮れる日々となった。
朝はコジインでザックたちと汗を流す。
私兵団のポムキンたちは相変わらず規格外の訓練をしている。
俺は自分のペースで体を鍛え、俯瞰視の制御訓練も欠かさなかった。
午後は石鹸工房に入り浸り、ランダルと子供たちの指導にあたる。
「温度よし! 撹拌開始!」
ランダルの声が工房に響く。
「マルディ、香料の準備だ!」
「はい!」
マルディの元気な声が弾む。
「ラベンダーのエキス、投入!」
最初は分離したり色が濁ったりと、失敗の連続だった。
だが、システム直伝のレシピとランダルの執念が少しずつ形になっていく。
マルディたちの根気強い作業により、徐々に製品の質は向上していった。
外が白銀の世界に閉ざされる中、工房の中だけは凄まじい熱気に包まれている。
花や果実の甘い香りが、むせ返るほどに満ちていた。
試作品の箱には、二歳のミランダが描いた図案を採用した。
彼女の持つ匠の能力ゆえか、その幾何学模様は洗練されたロゴマークのように見えた。
厳しい冬が終わり、雪解け水が小川を潤し始めた頃。
「……できた」
ランダルの震える手が、一つの固形物を差し出した。
琥珀色に透き通り、中にドライフラワーが封じ込められた芸術品のような石鹸。
香りも泡立ちも極上だ。
これなら、王都の貴族たちも目の色を変えて飛びつくだろう。
「完璧だ、ランダル」
俺は石鹸を受け取り、眩しそうに目を細めた。
「よくやった」
工房に歓声が上がった翌日。
王都からの早馬が到着した。
父、マーラン・アケニースの帰還だ。
無実の証明と社交界での成功を引っ提げて、当主が帰ってくる。
「……さて、商談の時間だ」
俺は極上の石鹸と、熟成されたウイスキーを携え、玄関ホールへと向かった。




