61. 天才たちの新居と、人手不足の現実
コジインに到着した頃には、肌を刺すような深夜の冷気が建物をすっぽりと包み込んでいた。
馬車から降りたザック、セイン、レンの三人は、月光に照らされた重厚な門構えをポカンと見上げていた。
「こ、ここが……家?」
「でっけぇ……城かよ」
最年長のザックの口から、白い息と共に震える声が漏れる。
「今日からここが君たちの家だ」
俺は馬車から降りた三人の背中を軽く叩いた。
「まずは中に入ろう」
重い扉を押し開け、出迎えた者たちに声をかける。
「アニタ、クロブ、急に悪いが新しい家族だ。受け入れを頼む」
深夜の来客にもかかわらず、アニタは二つ返事で煤けた子供たちを強く抱きしめた。
「まあ、なんて冷え切ってるの!」
アニタは三人の肩をさすり、血相を変えた。
「すぐにお風呂を沸かすわね」
足早に厨房の方へ向き直る。
「サハジさん、何か温かいものを!」
コジインは一気に慌ただしく、そして温かい空気に包まれた。
その喧騒を背に、俺は馬車の側に残っていたスピディの元へ歩み寄った。
懐からずっしりと重みのある硬貨を取り出し、彼の掌に押し付ける。
「スピディ、これ。当面の運営費に充ててくれ」
月明かりの下、その硬貨の鈍い白い輝きを見た瞬間、スピディが息を呑んだ。
「……旦那、これ白金貨じゃねぇか。前の分、まだ余ってるって言っただろ?」
「いいんだ」
俺は彼の掌に硬貨を握り込ませた。
「子供が増えれば食費も服も、靴だって必要になる。これからもっと増やすつもりだから、予備はいくらあってもいい」
そこで思い出したように付け加える。
「あ、そうだ。両替する時に手間がかかるだろうから、そのうち金貨二、三枚分くらいは、お前の懐に入れていいぞ。小遣いだ」
「マジか! ヒューッ!」
スピディは口笛を吹き、途端に現金な笑顔を見せた。
「さすがは俺の若旦那、話がわかるねぇ!」
彼は上機嫌に、硬貨を親指でピンと弾いた。
翌日の昼下がり。
俺はコジインの裏手に広がる畑の前に立ち、絶句していた。
植えられたはずの野菜は虫に食い荒らされ、土は石のようにカチカチに固まっている。
代わりに、俺の膝丈ほどもある雑草ばかりが元気に風に揺れていた。
「……ひどいものだ」
隣に立つクロブの表情も、酷く浮かない。
「アルヴィン様、勉強の方は問題ありません」
クロブは真剣な眼差しで俺を見る。
「ですが、このままでは立ち行かなくなる部分があります」
「人手か?」
「はい。特に食の根幹であるこの畑ですが、素人の子供たちが交代で手伝ってはいるものの、全く機能していません」
アニタも家事の合間に手伝っているようだが、彼女の手だけでは限界がある。
「アニタさんも、洗濯と掃除だけで日が暮れています」
クロブは大きくため息をついた。
「子供が増えたことで、完全にキャパシティを超えつつあります」
彼は困り果てたように眉を寄せる。
「サハジさんは飯ならいくらでも作ると豪語していますが……食材をすべて買い出しに頼りすぎると、経済効率が悪すぎます」
自給自足の体制を整えなければ、ここはただの金食い虫になってしまう。
「わかった」
俺は荒れた畑から視線を外し、街の方角を見た。
「農家と、アニタの補佐ができる人間を探そう」
俺はスピディを伴い、喧騒に包まれた中央広場へと繰り出した。
露店から上がる肉を焼く煙と、威勢のいい怒号が飛び交っている。
俺は見る力を全開にして、すれ違う人々の能力を一人一人鑑定していった。
だが、そう都合よく必要な人材が見つかるわけではない。
商人、兵士、大工、ただの遊び人。
どれも俺が求める『農業』を持ちコジインで働く人材のイメージには当てはまらなかった。
雑踏の中をあちこち歩き回り、太陽が少し西へ傾き始めた頃だった。
街の喧騒から少し離れた、広場の外れ。
古びたベンチに、若い男女が座っていた。
身なりは質素だが、手入れはされている。
(鑑定)
名前ケハタ、二十三歳
能力、農業
名前ボタン、二十三歳
能力、農業
「――ビンゴだ」
俺は歩みを止めた。
風に乗って、女の鋭い怒声が飛んできた。
「いつまでウジウジしてんのよ、ケハタ!」
ボタンと呼ばれた女が、隣で肩を落とす男の背中をバンと強く叩いた。
「俺の親父があんなこと言わなきゃ、今頃は村で普通に……」
「まだ言うか! 子供ができないからって、嫁を追い出そうとするクソジジイの家なんか、こっちから願い下げよ!」
「俺は、お前といたいんだ……。たとえ親に勘当されたって……」
「分かってるわよ! だから私も、あんたについて街まで来たんじゃない!」
ボタンの気が強い声が響く。
「……でも、腹立つじゃない」
彼女の肩が微かに震え、拳が固く握りしめられる。
「私たち、子供が嫌いなわけじゃなかったのに。二人で畑を耕して、泥だらけのガキを育てて……」
怒気に満ちていた声が、次第に悔し涙に滲んでいく。
「そうやって生きていくはずだったのに、なんで私たち、ここで日雇いの順番なんて待ってんのよ……っ」
ケハタが黙って、彼女の肩を抱き寄せる。
愛し合っているがゆえの、不条理への怒りと絶望。
俺は心の中でガッツポーズをした。
農業のプロ。
そして、腹の底に熱い感情を抱え、家族を求めている夫婦。
彼らがコジインに来れば、あの荒れ果てた土は確実に蘇る。
身寄りのない子供たちに、厳しいが温かい母の背中を見せてくれるはずだ。
「ねえ、そこの二人」
俺は迷わず、二人の前に立った。
突然、貴族の服を着た子供に声をかけられ、二人はポカンと顔を上げた。
「……え、ぼっちゃん?」
「仕事、探してるんだろ? だったら、最高の職場があるよ」
俺はニヤリと笑い、後ろで控えるスピディに顎で合図した。
「畑は広大だが、今は見る影もない」
俺は二人の反応を確かめるように間を置いた。
「子供はたくさんいるが、親代わりになる大人が足りないし、しつけ役もいない」
そして、一歩彼らに近づき、口角を上げる。
「……どうかな」
俺の目は、彼らの魂の奥にある原石を真っ直ぐに射抜いていた。
「俺のためにその泥だらけの手、使ってみる気はないかい?」
突然の提案に、二人の目が点になる。




