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キングスレイヤー真  作者:


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59. 美食の失言と、二本の琥珀

 約束の日の夕方。

 俺たちはアケニース家の馬車でアーモン商会のレストランへと向かった。


 荷台には、マンダルの工房から持ち出した小さな樽を一つ積んである。


「まあ、貸切かしら? 誰もいないわね」


 店に入ると、母ディーファが不思議そうに店内を見渡した。


 高級感あふれる内装の店内には、他の客の姿はなかった。給仕たちが慌ただしく、しかし優雅に俺たちの元へ飛んでくる。


「お待ちしておりました、アケニース家の皆様。こちらへどうぞ」


 案内されたのは、店内で最も良い席だ。

 席に着くとすぐに、純白のコックコートに身を包んだリリが現れた。


「いらっしゃいませ。商談の前に、まずは腹ごしらえといきましょうか。空腹では良い判断もできませんから」


「リリさん、今日はありがとうございます」


「いいのよ。……それに、坊やがどんな顔をするか楽しみで、腕によりをかけたから」


 リリは不敵に微笑むと、厨房へと戻っていった。


 そこから始まったのは、まさに夢のような時間だった。


 前菜からメイン、デザートに至るまで、全てが計算し尽くされたフルコース。


 母は終始「おいしい!」「素晴らしいわ!」と感激し、普段は冷静な兄のナンブルも、無言で、しかし猛烈な勢いで皿を空にしていた。


 食後の茶が出された頃、再びリリがテーブルへとやってきた。


「どうだったかしら?」

「……参りました。本当に美味しかった」


 俺は素直に称賛した。お世辞抜きで完璧だった。


「まさか、あの店と同じくらい美味しいなんて思いもしませんでした」

「……ん?」


 リリの眉がピクリと動いた。


「どこと比べたの?」

「え、あ……いえ、その」


 しまった。

 口が滑った。あまりの完成度の高さに、前世アーノルの記憶にあった「最高の店」の記憶が引きずり出されてしまったのだ。


「……ア、アインクラの」

「ああ、『スピカ』か」


「!」


「それなら納得だわ。うちより美味い店があるとしたら、あの『鍛冶の街』にある変わり者の店くらいなものよ」


 リリは悔しそうに、けれど納得したように頷いた。


 『鍛冶の街アインクラ』にあるレストラン『スピカ』。


 職人たちが集う熱気ある街の片隅に、その名店はある。前世で俺が通い詰めた店だ。国内とはいえここからはかなり距離があるが、リリがライバル視するほどの名店であり続けているらしい。


「それにしても、よく知ってたわねそんな遠くの店。……本当に、アルヴィンちゃんいつ行ったの? 領地から出る機会なんてほとんどなかったでしょう?」


 横から、母の鋭いツッコミが入った。

 まずい。5歳の子供が遠方にある名店の味を知っているなど不自然極まりない。


「え、えっと……こ、この前! 王都に行く前に、爺様が連れて行ってくれたんだよ!」


「お義父様が?」


「そう! 『アインクラに行くぞ』って。で、『用事が済むまでこの辺で飯でも食ってろ』ってあの店に放り込まれて……」


「ああ……お義父様ならやりかねないわね……」


 母は呆れたように納得した。

 武人であるダイファーなら、鍛冶の街に武具の調整か何かで立ち寄ることもあるだろう。その予測不能な行動力と、孫への変な甘やかしの実績が俺の嘘を補強してくれた。


 隣でナンブル兄さんが「王都へ向かうルートからはかなり外れるはずだが……スピディの馬車で飛ばしたのか?」とブツブツ計算しているが、聞こえないふりをする。


「ま、いいわ。料理の感想は合格点よ。……それで、酒の方は?」


 リリが話題を切り替えた。商人の顔だ。

 俺は足元の鞄から、用意しておいた二本の瓶を取り出し、テーブルに置いた。


「これが、今年作り始めたお酒です」


 まずは一本目。

 無色透明の液体が入った瓶を開け、リリのグラスに注ぐ。

 これは蒸留したばかりの、いわゆるニューポットだ。


 リリは香りを嗅ぎ、少し口に含んで……眉をひそめた。


「……なるほど。確かにその辺の麦酒や安ワインに比べれば雑味がなくて美味い。アルコール度数も高いわね」


「はい」


「でも、この前の試供品と比べたら……ゴミのように感じるわね」


 容赦ない評価だ。だが、それは織り込み済み。


「やはり、熟成が必要なのね。これじゃあ商品になるまで何年も待つことになるわ」


「そうですね。……では、こっちはどうでしょう?」


 俺は二本目の瓶を開けた。

 トクトクと注がれる液体は、美しい琥珀色をしている。


 香りが広がった瞬間、リリの目が大きく見開かれた。


「これは……!」


 彼女はグラスを奪うように手に取り、口に運ぶ。

 先ほどとは違い、口の中で転がし、鼻に抜ける香りを楽しむ。


「う、美味い……! 嘘でしょ、これも今年作ったものなの?」


「はい」


「全然違うわ。もちろん、前に持ってきてくれた『年代モノ』に比べれば若さはある。でも、さっきの透明なヤツとは別次元よ。深みがある……」


 リリは信じられないといった顔で瓶と俺を交互に見た。

 マンダルお手製の「超音波熟成機」による強制熟成。

 科学的根拠(物理振動による分子活動の活性化)など説明しても通じないだろうが、結果が全てだ。


「想定通りのリアクション、ありがとうございます」


 俺はニヤリと笑った。

 これで勝負あった。だが、ダメ押しの一手がある。


「実はこのお酒、先日の王都での一件の際に、国王陛下にも献上してあるんです」


「なっ……陛下に!?」


「ええ。『こんな美味しいお酒は初めてだ』と、大変お気に召していましたよ」


 母と兄が「えっ、初耳よ!?」「いつの間に……」と驚愕しているが、構わない。


 王都での冤罪事件解決の際、ドサクサに紛れてねじ込んだのだ。


「でも、僕は約束通り、市場におろすのはリリさんのところが最初だと決めていました。……さて、どうしますか?」


 俺は琥珀色の瓶を指先で軽く叩いた。

 リリの目の色が、完全に「捕食者」のものに変わった。




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