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キングスレイヤー真  作者:


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56. 雪降る帰路と兄

 王都での騒動が片付き、俺たちはアケニースへの帰路についていた。

 馬車に乗っているのは、俺、爺様、そして次男のナンブルだ。


 父上は「社交の時期だから」という建前で王都に残った。例の「財務局の下請け仕事」ものこっているようだった。ナビルも手伝いとして残してある。


 そして、長男のソーバン兄上も一緒に残ることになった。


 彼は次期当主だ。今回の一件でアケニース家の名前が売れた今、父上の補佐として顔を売っておく必要があるからだ。


 まだ8歳だが、長男としての責任感というやつだろう。


 ガタゴトと車輪が回る。

 窓の外を流れる景色は、すっかり冬の色を帯びていた。


(……寒いな)


 俺は毛布を引き寄せ、窓の外を眺めた。

 ナバラ地方の北に見える山脈からは、冷たい風が吹き下ろしてくる。空はどんよりと曇り、白いものがちらついていた。雪だ。


 ふと、前世の記憶が蘇る。

 かつてアーノルとして旅をした時、この近くにあるアインクラという街に立ち寄ったことがあった。


 あそこのレストラン、まだあるだろうか。

 シェフが【頑固】という珍しい能力を持っていた店だ。

 味へのこだわりは異常で、水のために往復数日かかるようなとこに取りに行かせたりする人だった。


 そして味は今までで一番美味しい料理だった。

 チャランポとしばらく通ったな。


 

(また行きたいな。……体が大きくなったら寄り道しよう)



「……なぁ、アルヴィン」


 思考の海に沈んでいた俺に、向かいの席から声がかかった。

 次男のナンブルだ。


「……ん? 何、兄さん」

「その……ありがとな」


 ナンブルは少し気まずそうに、けれど真っ直ぐに俺を見て言った。


 隣で爺様はイビキをかいて爆睡している。二人きりの会話だ。


「今回のこと……お前がいなきゃ、俺たちも父上もどうなってたか分からない。……助かったよ」


 俺は少し驚いた。

 これまで、兄たちとまともに会話をした記憶がほとんどないからだ。


 俺は朝から晩まで好き勝手に動き回り、兄たちは父上のスパルタ教育で、机に向かって計算や書き取りばかりさせられていた。


 生活リズムが違うし、何より――


(兄さんたち、俺のことを『計算もできない馬鹿な弟』だと思ってたもんな)


 俺が工房に入り浸っているのを「遊んでいる」としか見ていなかったし、接点もなかった。


 それに、兄たちは自分たちが父にしごかれている分、自由にしている俺に対して思うところもあっただろう。


 だが、今回の王都行きで、その態度は明らかに変わった。


「別にいいよ。……兄さんたちも無事でよかった」


 俺は素直に答えた。

 彼はまだ7歳の子どもだ。


 貧乏とはいえ貴族の子供がいきなり地下牢に放り込まれ、死刑の恐怖に晒されたのだ。どれほど怖かったことか。


「……それにしても、お前、いつの間にあんなに計算が早くなったんだ?」


 ナンブルが不思議そうに聞いてきた。

 昨夜、父の書類仕事を手伝った時のことだ。俺が大人顔負けの速度で計算を片付けたのを見て、彼は目を丸くしていた。


(そりゃあ、記憶が戻ればね)


 大人の脳みそと、アーノルとしての知識がある。四則演算レベルなら暗算で余裕だ。


 だが、それをそのまま言うわけにはいかない。


「……んー、コツを掴んだだけだよ」

「コツ?」


「うん。でも、単純な計算なら、毎日やってる兄さんの方が早いよ」


 俺はお世辞ではなく、本心でそう言った。


 父上のスパルタ教育は伊達じゃない。彼らの計算処理能力は、同年代の子供と比べれば十分に高い。努力の賜物だ。


「……日々の積み重ねには勝てないよ。父上の言いつけを守って頑張ってる兄さんは、すごいと思う」


 俺がそう言うと、ナンブルは少し驚いた顔をし、それから照れくさそうに鼻をこすった。


「……へっ、当たり前だろ! 俺は兄ちゃんだからな!」


 ナンブルは窓の外の雪景色を見ながら、小さく呟いた。


「領地に帰ったら、また父上のしごきが待ってるけど……ま、頑張るさ」


 馬車の中に、少し温かい空気が流れた。

 外は寒空。

 だが、アケニースに着く頃には、兄弟の距離も少しは縮まっているかもしれない。


 俺は再び毛布にくるまり、心地よい揺れに身を任せた。




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