55. 涙の再会と、父の仕事
王城での劇的な逆転無罪から数時間後。
私たちは王都にあるアケニース家の別邸(といっても、古くて小さな屋敷だが)に戻っていた。
「うぅ……お義父さん、……アルヴィン……」
リビングのソファに座るなり、父マーランは顔を覆って男泣きしていた。
その両脇には、同じく憔悴しきった二人の兄が寄り添っている。
「怖かった……本当に怖かった……! もう二度と、家族に会えないかと……!」
「情けない声を出すな、マーラン。アケニースの当主が泣くな」
爺様は呆れつつも、安堵したように父の肩をバンバンと叩いた。
「ですが……! 今回ばかりは、お二人が来てくださらなければ確実に処刑されていました。……アルヴィン、本当に助かった。お前は私の誇りだ」
父が真っ赤な目で俺の手を握りしめる。
普段は口うるさい父だが、家族を想う気持ちは本物だ。俺は少し照れくさくなり、視線を逸らした。
「……まあ、いいよ。父上がいなくなったら、領地の書類仕事をする人がいなくなるからね」
「ううっ、優しい子だ……!」
父はさらに泣いた。ポジティブな解釈で助かった。
◇
落ち着いたところで、俺は改めて例のウイスキーを開栓した。
今度は毒の実験用ではない。祝杯用だ。
「父上。これが完成品だよ」
グラスに注ぐと、芳醇な香りが部屋に広がった。
マーランはおそるおそるグラスを手に取り、香りを嗅ぎ、一口含んだ。
「…………!」
父の動きが止まった。
そして、信じられないものを見る目でグラスを見つめた。
「……美味い。いや、美味すぎる」
「でしょ?」
「出発前に味見した時よりも、遥かに角が取れている。香りの深みも段違いだ。……たった数日で、どうしてここまで?」
「移動中の馬車の揺れが、いい具合に熟成を進めたのかもね」
俺は適当にはぐらかした。実際は、出発ギリギリまで振動ユニットにかけていたおかげだ。
父は感動したように、ちびちびと酒を味わっている。
「これなら……王都でも間違いなく通用する。いや、トップを取れるぞ」
「うん。だから父上、この酒の最初の卸し先だけど……」
「うむ、どこだ? 王室か?」
「ううん。アーモン商会のリリとの約束があるんだ。彼女の店に一番に卸す」
俺が言うと、父は少し驚いた顔をしたが、すぐに納得して頷いた。
「ああ、あのやり手の女性か。……確かに、彼女の商会なら販路も確かだ。それに、今回の件で王室御用達の箔もついた。リリ殿も喜ぶだろう」
商談は成立だ。
これでアケニース領には、莫大な外貨が流れ込んでくることになる。
◇
未来の話に花を咲かせていると、横に控えていた長兄が、申し訳なさそうに口を開いた。
「……あの、父上。水を差すようで申し訳ないのですが」
「ん? どうした」
「その……『仕事』の納期が、限界です。拘束されていた数日分の遅れを取り戻さないと……」
仕事?
俺は首を傾げた。
父たちは「社交」や「顔合わせ」のために、予定よりも早く王都入りしていたはずだ。納期とはなんだ?
「あ、ああ! そうだった!」
マーランは慌てて涙を拭き、カバンから大量の書類束を取り出した。
それは領地の書類ではない。王国の紋章が入った、複雑な計算書類だ。
「……父上、なにそれ?」
「あ、いや、これはだな……その……」
父はバツが悪そうに視線を泳がせた。
兄が助け舟を出すように説明した。
「実は……祖父様(マーランの父)の部署から回してもらった、財務局の下請け仕事なんだ。計算と清書のアルバイトだよ」
「……アルバイト?」
俺は絶句した。
一地域の領主が、王都に来てまでアルバイト?
「だ、だって仕方ないだろう!」
マーランが開き直ったように言った。
「アケニース家の財政は、ずっと火の車なんだ! 入ってくる税収は、すべて借金の返済とインフラ維持に消える。……私の小遣いなどない! 王都への旅費だって捻出するのが大変なんだぞ!」
父はチラリと爺様を見た。
「……誰かさんが、昔派手に金を使ったせいでな」
「ぐっ……」
爺様が気まずそうに顔を背け、口笛を吹き始めた。
「そ、それは仕方なかろう! モグロン王国やガンガラ国が攻めてきた時、民を守るために傭兵を雇ったり、砦を築いたりしたんじゃ! 国を守るための必要経費じゃ!」
「その借金が、今も残っているんです!」
なるほど。
爺様は名君であり英雄だが、金勘定はどんぶり勘定だったらしい。
そのツケを、真面目な父が、コツコツと下請け仕事で返していたというわけか。
(……あっ)
俺の脳裏に、出発前の談話室での記憶が蘇った。
あの時、俺が「王都へ何をしに行くの?」と聞いた際、父上は「ん、ああ……まあ、色々と大人の付き合いがあってな」と妙に言葉を濁していた。
俺はてっきり、「ハハーン、王都で羽を伸ばして女遊びでもする気だな。まあ男だしバレなきゃいいか」なんて思っていたのだが……。
「……もしかして、母上にも秘密なの?」
「当たり前だ! こんな惨めな仕事をしていると知れたら、妻が心配するだろう!」
父は真剣な顔で言った。
「妻には『王都で社交の仕事が忙しい』と言ってある。……余計な心配はかけたくないんだ」
……なんてこった。
俺は心の中で土下座した。
ストレス発散に浮気でもしているのかと疑ってごめんなさい。あなたは、とてつもなく立派で、家族想いの父親でした。
「よし、父上。その書類仕事、僕も手伝うよ」
「え? お前にか?」
「計算なら得意だからね。……さっさと終わらせて、胸を張って領地に帰ろう」
俺はペンを取り、書類の山を引き寄せた。
マーランは目を丸くしていたが、やがて力強く頷いた。
「……ああ、そうだな! ありがとう、アルヴィン」
父は涙を拭い、キリッとした領主の顔に戻って宣言した。
「見ていろ。この酒を武器に、必ずアケニース家を立て直してみせる。……いや、ただの再建ではない。国一番の大事業にしてみせるぞ!」
こうして、アケニース家の王都騒動は幕を閉じた。
俺たちは借金返済という現実と、未来への野望を胸に、領地へと凱旋する準備を始めた。




