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キングスレイヤー真  作者:


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54. 琥珀の法廷と、白き断罪

 翌日。王城、謁見の間。

 張り詰めた空気の中、御前会議は重苦しく進行していた。


 玉座に座るのは、現サマラ国王ラウマール・サマラ。

 その御前で、後ろ手に縛られ、膝をついているのは父マーランだ。

 数日の牢獄暮らしで頬はこけ、目の下には隈ができている。だが、その瞳だけは潔白を訴えて濁っていなかった。


「……申し上げます、陛下!」


 声を張り上げたのは、豪奢な衣装に身を包んだ男、マサイール・ウイブだ。

 彼は勝ち誇った顔でマーランを指差した。


「この男は、陛下に献上する神聖な酒に毒を盛り、あろうことか陛下の命を狙いました! その証拠に、毒見役は無惨な死を遂げております!」

「……」

「マーラン・アケニースは、最近の領地の発展に増長し、己の分際を忘れた逆賊です! 即刻処刑し、アケニース領は我らウイブ家が管理するのが妥当かと!」


 周囲の貴族たちがざわめく。

 彼らの視線は冷ややかだ。アケニース家は、かつて財政破綻し、サマラ王国に泣きついて吸収合併された元・弱小国の貴族。

 我々が救ってやったという優越感を持つ彼らにとって、最近のアケニース領の急成長は面白くないのだ。


「……マーランよ。申し開きはあるか」


 ラウマール王が静かに問うた。

 マーランは顔を上げ、震える声で言った。


「陛下……誓って、そのような大それた真似は……! 私はただ、領地で採れた自慢の酒を、陛下に味わっていただきたかっただけで……」

「黙れ! 毒見役が死んだ事実こそが全てだ!」


 マサイールが怒鳴り、マーランの言葉を遮る。

 王は小さく溜息をついた。

 彼の人見の目は、マーランの無実を感じ取っているはずだ。だが、法と証拠(死体)がある以上、感情論で無罪にはできない。


「……これ以上の問答は無意味か。司法の裁定に従い――」


 王が判決を下そうとした、その時だ。


「――待った!!」


 ドォォン!!

 謁見の間の巨大な扉が、大砲でも撃ち込まれたかのような音を立てて開け放たれた。


「な、なんだ!?」

「不届き者め! ここをどこだと……」


 騒ぐ衛兵たちを押しのけ、悠々と入ってきたのは、一人の巨大な老人と、一人の少年。


「だ、ダイファー殿……!?」


 古参の貴族たちが息を呑み、思わず後ずさった。

 かつてのアケニース国王、ダイファー。

 国の経営に失敗し、サマラ王国に国を明け渡した敗北の王と陰で嘲笑する者もいる。

 だが、その個人の武勇だけは別格だ。

 かつて単騎で戦場を蹂躙し、他国から鬼神と恐れられた生ける伝説。政治力はなくとも、その腕力だけは誰もが認めざるを得ない。


「会議中すまんな、ラウマール王。ちと、教育の悪い馬鹿者が『嘘』を喚き散らしておるのが聞こえてな。我慢できずに来てしもうた」

「……ダイファー殿か。相変わらず、礼儀というものを知らぬ御仁だ」


 ラウマール王が苦笑交じりに言った。

 父ルノルマが「政治は三流だが、戦士としては超一流」と評した男。無下に扱うには、あまりに力が大きすぎる。


「なっ……! ダイファー殿! 今はただの一領民でしょう! 我々の慈悲で生かされている分際で、神聖な御前会議への乱入など……!」


 マサイールが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「慈悲、ねえ。……ま、今はこれがあるから入らせてもらうよ」


 爺様の横から、俺がひょいと顔を出した。

 そして、例の「ルノルマのプレート」を掲げた。


「……父上ルノルマの署名か」


 ラウマール王が目を見開いた。


「隠居した父上が、それを託すとは……。よほどのことらしいな」

「はい、陛下。僕たちは『真実』を持ってきました」


 俺は一歩前に出て、マサイールを真っ直ぐに見上げた。


「マサイール様。あなたは言いましたよね? 『酒に毒が入っていた』と」

「当たり前だ! 飲んだ男が死んだのだぞ!」

「でも、酒瓶は割れて中身の検証はできていません。……なら、実験してみましょう」


 俺はナビルに合図をした。

 ナビルが恭しくワゴンを押してくる。

 そこには、アケニース領から持ってきた新品のウイスキーと、グラス。

 そして――国が管理する劇薬『悲嘆の青』が入った小瓶。


「陛下。これは父が献上したものと同じ酒です。そしてこれは、毒見役を殺したのと同じ毒です」

「なっ、貴様、そんな物をどこで……!」

「市場調査ですよ。……では、入れます」


 俺は全員が見守る中、スポイトで毒を吸い上げ、グラスに注がれた琥珀色のウイスキーに垂らした。


 ポチャン。

 ジュワッ……!!


 瞬間、会場にどよめきが走った。

 透明な毒が混ざった瞬間、美しい琥珀色の液体が、白く、汚く濁ったのだ。


「……濁った?」

「なんだあれは……」


 俺はグラスを掲げた。


「この毒は、ウイスキーのような強い酒に入れると、成分が反応して白く濁ります。……さて、皆さんに伺います」


 俺は貴族たちを見渡した。


「あの晩、父上が注いだ酒は、どんな色をしていましたか?」


 沈黙の後、何人かがポツリと呟いた。

 「……透き通っていた」「綺麗な、黄金色だった」と。


「そうです! 瓶から注がれた時点で、酒は澄んでいた! つまり、瓶の中に毒は入っていなかったのです!」


 俺は断言した。


「毒があったのは、注がれた後……つまり、毒見役が最初から口の中に含んでいた以外にありえません!」


 会場の空気が一変した。

 論理的な証明。誰も否定できない化学の事実。


「くっ……! だ、だからどうした!」


 マサイールが吠えた。


「毒見役が勝手に毒を含んでいたとしても、それを指示したのがマーランでないという証拠にはならん! 奴が毒見役を買収して、自殺を命じたのかもしれんぞ!」

「命じるメリットがないでしょ。自分の酒にケチがつくんだから」

「黙れ! 貴様らに証拠はないはずだ!」


 マサイールは開き直った。

 そうだ。ここまでは想定内。


「証拠なら、あるよ」


 俺は冷たく言い放ち、入り口を指差した。

 そこへ、シュテゲン公爵の私兵に引きずられ、縄で縛られた小男――ガンズが連れて来られた。


「……ひぃぃ、お助けぇ……」

「この男は、裏組織『双頭の蛇』のボス、ガンズ。毒見役に渡された毒の出処です」


 俺はガンズの前に、一枚の羊皮紙を突きつけた。

 それは昨日、彼の隠し金庫から押収した「念書」だ。


「そしてこれが、マサイール様。あなたが長年にわたり、この組織を使って違法な裏金の洗浄や、賭博の運営を行っていたことを示す直筆の念書です」


 マサイールの顔から、血の気が引いた。


「そ、それは……関係ない! 今回の件とは無関係だ!」

「無関係? 毒を扱っていた組織と、あなたがズブズブの関係だった。……使いの者を使ったと言い逃れするつもりでしょうが、この署名はあなたのものですよね?」


 マサイールは往生際悪く叫び散らした。

 決定的な「殺害指示書」はない。だが、外堀は完全に埋まった。

 あとは――仕上げだ。


「……マサイールよ」


 玉座から、冷徹な声が響いた。

 ラウマール王だ。

 彼は静かに立ち上がり、階段を降りてマサイールの前まで歩み寄った。


「顔を上げよ」

「へ、陛下……! 信じてください、これはアケニース家の陰謀で……!」


 マサイールが縋るような目で王を見る。

 王は、その深く静かな瞳で、マサイールの目を覗き込んだ。

 人見。

 人の本質、才能、そして「嘘」を見抜く王の目。


「…………」


 数秒の沈黙。

 マサイールの額から、滝のような汗が流れ落ちる。王の視線に耐えきれず、目が泳ぎ、唇が震える。

 対して、横にいるマーランは、涙を流しながらも王を真っ直ぐに見つめ返していた。


 王は、静かに宣告した。


「……クロだ」


 その一言は、死刑宣告よりも重く響いた。


「マサイール。余の目は誤魔化せん。……お前の腹の底にあるのは、ドブ川のような嫉妬と、保身の欲だけだ」

「あ……あぁ……」

「連れて行け。……ウイブ家の取り潰しと、一族全員の調査を命じる」


 ガックリと膝をつくマサイール。

 衛兵たちが彼を引きずり出していく。その背中に、貴族たちからの軽蔑の視線が突き刺さる。

 その中に残念そうな顔をする貴族が一人、トリエンテ伯爵。


 静寂が戻った広間で、王はマーランの縄を解くよう命じた。


「すまなかった、マーラン。……余も薄々は感じていたが、証拠なしには動けなかったのだ」

「も、勿体なきお言葉……! 疑いが晴れただけで、私は……!」


 マーランが男泣きする。

 俺はホッと息をついた。これで一件落着だ。


「さて、と」


 俺はワゴンの上のウイスキーを手に取り、王に差し出した。


「陛下。これは毒の実験に使ったものではありません。……正真正銘、父が心血を注いで完成させた、最高傑作です」


 俺はニッコリと笑った。


「お詫びと言ってはなんですが、毒見役が先に一口いただきますね」


 俺はグラスに少量の酒を注ぎ、グイッと呷った。

 その瞬間。


「……んぐっ、かはっ……!」


 喉が焼けるような熱さと、強烈な刺激が脳天を突き抜けた。

 5歳児の未発達な舌と喉には、度数40%超えのアルコールは劇薬に等しい。

 味がどうとか、香りがどうとか、そんな余裕はない。ただただ、辛い。


(か、辛ぁ……! やっぱ子供の体じゃ無理か……!)


 涙目でむせる俺を見て、会場の空気が少し和らいだ。

 ラウマール王も、口元を緩めてグラスを受け取った。


「……ふむ。5歳児にはまだ早かったようだな。だが、その勇気に免じて余が飲もう」


 王はグラスを傾け、琥珀色の液体を口に含んだ。


「…………!」


 王の目が大きく見開かれた。

 今まで見せたことのない、驚愕の表情。


「……なんだ、これは。……熱い。だが、まるで、太陽をそのまま飲み込んだような……」


 王は震える手でグラスを見つめ、そして一気に飲み干した。


「美味い……! 余は今まで、何を酒だと思って飲んでいたのだ!」


 その感嘆の声が、広間に響き渡った。

 周囲の貴族たちも、ゴクリと唾を飲む。

 冤罪は晴れ、悪は裁かれ、そしてアケニース家の酒は――この瞬間、国一番の「王室御用達」となったのだ。


 沸き立つ会場の中で、俺は一人、空になったグラスを見つめて小さく溜息をついた。


(……反応は上々だけど、やっぱり『早熟』だな)


 王が飲んだのは、振動熟成で時間を短縮したスタンダード品だ。

 もし、もっと時間をかけてじっくり寝かせた「プレミアム品」が完成していたら、王は腰を抜かしていたかもしれない。


「……あーあ。もっと美味しくなったやつを持ってくればよかったなぁ」


 俺の呟きは、誰にも聞こえることなく、歓声の中へと消えていった。




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