53. 双頭の蛇と、覚醒する眼
翌日の昼。
宿に戻ってきたナビルは、目の下に濃い隈を作りながらも、口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「毒の『悲嘆の青』を流している先を、どうにか一つまで絞りました。……王都の貧民街を牛耳る裏組織、『双頭の蛇』です。……が、断定はできません。ただ、昨日の晩にマサイール・ウイブの使いらしき男が接触していた、という証言までは拾えました」
「双頭の蛇……?」
「ええ。表向きは輸入雑貨の倉庫業ですが、裏では違法薬物から暗殺用の毒まで扱うヤバい連中です。マサイール・ウイブの手の者が、そこの幹部と接触していたという目撃情報を買いました」
ナビルが地図を広げ、貧民街の奥まった一画を指差した。
「ここが奴らのアジト兼、在庫置き場です。……どうします? 衛兵に通報して踏み込ませますか? でも、奴らは逃げ足が速い。衛兵が動く頃には証拠隠滅されている可能性が高いですが」
俺は地図を睨み、そして隣で愛用の槍を磨いている爺様を見た。
「……衛兵なんて待ってられないよ。明日はもう御前会議だ」
「おう、つまり?」
爺様がニヤリと笑い、身の丈ほどもある長槍を手に取った。
「カチ込みじゃな?」
「正解。……行こう、爺様。悪い奴らにお灸を据えに行こう」
◇
王都の最下層、貧民街のさらに奥。
腐った木材とドブ川の臭いが充満するエリアに、その倉庫はあった。
入り口には強面の男たちが二人、見張りに立っている。
「……さて、どう入るかのぅ」
「正面からでいいよ」
俺の言葉が終わるより早く、爺様が飛び出した。
「おらぁぁぁッ!! 邪魔じゃぁぁッ!!」
ドゴォォォォン!!
爺様の槍の石突による一撃が、倉庫の鉄扉を蝶番ごと粉砕した。
爆音と共に、倉庫の中に土煙が舞い上がる。
「な、なんだぁ!?」
「敵襲だッ! 囲めぇぇッ!!」
中からわらわらと、武装した構成員たちが飛び出してきた。その数、およそ30人。
だが、戦闘力A(超一流)を誇るダイファーの前では、数など無意味だった。
「ガハハハ! 遅い! 遅いぞぉ!」
ヒュンッ!
爺様の槍が風を巻く。
刃ではなく、柄の部分での薙ぎ払い。
だが、その速度と威力は桁外れだ。触れただけで男たちが木の葉のように吹き飛び、壁に激突して動かなくなる。
「……相変わらず化け物ですね、ダイファー様は」
「ナビル、毒の保管場所は?」
「奥の事務室の金庫か、地下倉庫で
しょう! ボスの『ガンズ』って男を押さえれば吐くはずです!」
俺たちは乱戦地帯を抜け、奥へと走った。
だが、その時だ。
プシュウゥゥゥッ!!
突如、倉庫内に白い煙が充満した。
煙幕だ。
「げほっ、ごほっ! ……煙幕か!?」
「クソッ、小賢しいマネを!」
視界が真っ白に染まる。
俺には気配察知なんて便利なスキルも持っていない。
完全に視界を奪われた。
「ヒヒッ……ガキと優男が、調子に乗るんじゃねぇよ」
煙の向こうから、下卑た笑い声と、衣擦れの音が聞こえた。
逃げられる。
この組織のボスを逃せば、証拠は手に入らない。父の無実は証明できない。
(どこだ……!?)
俺は目を凝らした。
煙で何も見えない。音も乱戦の怒号で聞き分けられない。
焦りが募る。
見たい。この煙の向こうを。
自分の視点では、目の前の煙と木箱しか見えない。
もっと広く、全体を見渡す『目』があれば――!
その渇望が、脳の奥にあるシステム見る力の領域を刺激した。
ブゥン。
唐突に、視界が切り替わった。
「……え?」
俺は、俺自身を見ていた。
いや、違う。
俺は『上』にいた。倉庫の天井付近、梁の上あたりから、眼下のフロアを見下ろしていた。
(……なんだこれ? 視点が、上がった?)
体は地面にある。だが、映像だけが天井からのものに切り替わっている。
何だこれは。
壁や箱の中身までは見えない。透視能力ではないようだ。
だが、上から見下ろすことで、地上からは木箱の影になって見えなかった「死角」が丸見えだった。
煙は床近くに漂っているが、上から見れば人の動きまでは隠しきれていない。
俺は見つけた。
倉庫の右奥。積み上げられた木箱の裏側。
地上からは煙と箱に阻まれて見えないその場所に、小脇に鞄を抱えた小男が、こそこそと這うように移動している姿を。
(……そこか!)
俺(本体)は、視界情報のズレに眩暈を覚えながらも、その方向を指差した。
「爺様!!」
俺は大声で叫んだ。
「右奥だ! 木箱が積まれてる裏側に、誰か隠れてる!」
「ああん!? 見えんぞ!」
「いいからそこを薙ぎ払って!!」
「おう、任せろぉぉぉッ!!」
爺様の返事と共に、暴風が巻き起こった。
ダイファーが長槍を大きく構え、渾身の力で横薙ぎに振るった。
ドォォォォォォン!!!
轟音。
発生した衝撃波のごとき風圧が、煙を吹き飛ばし、積み上げられた木箱を崩れさせた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!?」
悲鳴と共に、崩れた木箱の後ろから小男が転がり出てきた。
◇
煙が晴れた頃、倉庫の中は静まり返っていた。
構成員たちは全員、爺様にのされて伸びている。
そして俺たちの前には、縄でグルグル巻きにされた小男――組織のボス、ガンズが転がされていた。
「ひぃっ……ひぃぃ……! 許してくれぇ……!」
ガンズは震え上がっていた。
目の前には、鬼の形相で槍を突きつけるダイファーがいるのだ。
「さて、ガンズさん」
俺はガンズの前にしゃがみ込み、彼が持っていた鞄を開けた。
中には金目の物と一緒に、いくつかの小瓶が入っていた。
その中の一本。
ナビルが持ってきたのと同じ、透明な液体の小瓶があった。
「これ、『悲嘆の青』だよね?」
「……ッ!」
「これを誰に売った? マサイール・ウイブの手の者だろ?」
俺が名前を出すと、ガンズは目を泳がせた。
「……知らねぇよ。俺は客の顔なんていちいち見ねぇ。それに、俺に接触してきたのはただの『使いの男』だ。貴族様が直接こんな汚い場所に来るわけがねぇだろ」
ガンズは開き直ったように言った。
なるほど、そこが逃げ道か。
たとえ彼が「ウイブ家の使いに売った」と証言したところで、マサイールは「そんな男は知らん。勝手に名前を使われただけだ」としらを切るだろう。
実行犯(毒見役)は死んでいる。仲介役も切り捨てられる。これでは黒幕には届かない。
「……そうか。じゃあ、証拠はないんだね」
「へっ、そういうことだ。俺を捕まえたって無駄だぜ」
ガンズが勝ち誇ったように笑う。
だが、俺は冷ややかに彼を見下ろした。
「本当に? 君みたいな用心深い商売人が、貴族相手に何の『保険』もかけずに危ない橋を渡るかな?」
「……あ?」
「貴族なんて、用が済めば君たちみたいな裏の人間を平気で消すよ。君だってそれは分かってるはずだ。……だから、何か持ってるんじゃないの? いざという時、自分を守るための切り札を」
ガンズの顔色がサッと変わった。
図星だ。
「……持ってねぇよ」
ガンズは吐き捨てるように言った。
だが、その声は明らかに上擦っていた。
「爺様、こいつの指を一本ずつ――」
「ま、待て待て待てぇッ!!」
ガンズは顔を引きつらせ、床に額を擦りつけた。
「ある! あるよ! だが俺を売る気か!? あいつら貴族は、俺が喋ったと知ったら今度こそ消しに来る!」
「安心しなよ。今日の時点で、君はもう黙っていても消される側だ」
爺様が槍の石突を振り上げた瞬間、ガンズが悲鳴を上げてのけぞった。
「 隠し金庫の中だ!」
「何があるの?」
「……念書だ! マサイール直筆の!」
ガンズは脂汗を流しながら早口でまくし立てた。
「奴は毒だけじゃねぇ、裏金の洗浄や違法な賭博の上がりも俺たちに任せてたんだ。その際、金銭の受け渡しを記録した帳簿と、奴が直接サインした念書がある。……俺らが捕まった時、道連れにするためにな!」
ビンゴだ。
腐った貴族と裏組織の癒着。長年の取引記録があれば、今回の毒殺事件が「単発の冤罪」ではなく、根深い悪事の一部であることが証明できる。
「ナビル、確保して」
「了解です。……いやはや、アルヴィン様。あの煙の中でどうやって見つけたんです? まるで空から見ていたみたいでしたよ」
ナビルが不思議そうに首を傾げた。
俺は自分の目をこすった。
見る力の新しい力、俯瞰視とでも名付けるか。
まだ制御が難しいが、とんでもない武器を手に入れたかもしれない。
「……勘だよ。ただの勘」
俺ははぐらかし、倉庫を後にした。
証拠の「白濁実験」。
証人の「毒の売人」と、決定的な「念書」。
そして最強のカード「聖銀の証」と「ダイファー」。
役者は揃った。
あとは、華麗なる逆転劇の幕を開けるだけだ。




